紳也特急 272号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,272  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『辻褄(つじつま)』~

●『生徒の感想』
○『辻褄とは』
●『エアロゾル感染を認めた国立感染症研究所?』
○『感染経路を決めるのは誰?』
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●生徒の感想
 コロナウイルスのお話では、私は今までマスクは絶対外してはいけない、会話しながら食事をしてはいけないと思っていたけれど、実際はそんなことはなく、しっかり対策をすればある程度は自由に生活できるのだと知ることができ、コロナ禍の生活は縛られてばかりだと感じていたので少し考え方が変わった気がしました。(高2女子)

 特に同性愛のことに関する誠実な話しぶりが印象に残りました。HIVが最初ゲイの人を中心に広まったことまで授業でふれても、それがなぜなのか、人間心理的、社会的、医学的な背景を伝えられることはありませんでした。感染の確率を高めたのはゲイであるということではなく、それに付属する合理的な理由ですし、コロナが飲食店で広まりやすかったのは、マスクをはずし、料理自体にウイルスが入ってしまうことが多かったことなどが大きな理由で、酒を飲む人たちが悪いとバッシングを受けるいわれもないはずです。リスクの一因にはなるでしょうが、因果関係を見極めること、人自体の否定に走らないことが今の日本の問題対処に欠けていると改めて感じました。(高2男子)

 「3密を避けろ」と言われ続け、当たり前のことなのに、「背中合わせで話せばOK」ということを考えてすらいませんでした。(中3男子)

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから2年以上経過してにもかかわらず、なぜ、この教育先進国でこのような感想が続くのでしょうか。そんなことを考えていた時に、私のFacebookの書き込みに次のコメントが寄せられました。

 他の数字、色んな数字と合わせて考えて、辻褄が合えば、それだけ信憑性も増す

 未知の感染症に対して、「これだけすれば大丈夫」といったことを提示できるはずがありません。だからこそ、公衆衛生の立場からこれまでも考え続けてきました。考え続けることで自分の考え方の間違いが、勘違いが、誤解が削ぎ落され、辻褄があっていくプロセスを重ね続けていました。これまで何となくうまく説明できなかったことがストンと腑に落ちたので、今月のテーマを「辻褄(つじつま)」としました。

辻褄(つじつま)

○辻褄とは
 広辞苑を調べると次のように書かれています。

 「辻褄」とは「(「辻」は道があい、「褄」は左右があうものであるからいう。また、辻も褄も裁縫用語という)あうべきところがあうはずの物事の道理。始めと終り。筋道。」

 「辻褄が合う」は「細かい点まで食い違いがなく、筋道が通る。前後が一貫する。「話の―」」

 「筋道」は「①物事の道理。条理。すじ。「話の―」 ②物事を行う順序・手続き。「―を立てて話す」」

●エアロゾル感染を認めた国立感染症研究所?
 2022年3月28日に国立感染症研究所がエアロゾル感染の存在を認めた
 https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/11053-covid19-78.html
 ということがニュースになりました。このニュースをセンセーショナルに取り上げるマスコミや専門家がいますが、私は次のように考えていました。国立感染症研究所は感染症の専門家集団のため、「どの感染経路が一番多いか」ということを考えていたため、エアロゾル感染のリスクは飛沫感染より低いから敢えて言うこともないと思っていた。ところがオミクロン株での感染の広がりから考えるとエアロゾル感染をリスクの一つとしてきちんと出しておく必要があるとの考えに至っただけ?
 一方で公衆衛生サイドとしては、どの感染経路が多いか否かではなく、考えられる感染経路に対して、できることは何かを伝えることを目指しています。感染症対策の難しさはこれだけやればいいということが言えないからこそ、この感染経路にはこの対策を、という辻褄合わせを丁寧に伝え続けているだけです。

○感染経路を決めるのは誰?
 エアロゾル感染もそうですが、感染経路についてまだわかっていないことが多々あるはずです。なぜなら、テレビに繰り返し出ていた某学会の前理事長も感染されました。その後、ニュースで「日頃から、マスクの着用の徹底や人との距離をとること、接触する時間を短くすること、それに換気の徹底といった感染対策を取っていたと言います」と紹介されていました。
 もちろん、取材した方が書いた原稿ですので、その先生の意図が、言いたいことが正確に表現されていなかった可能性は否定できません。しかし、せっかくご経験を語られるのであれば「ということは、これらの対策(マスクの着用、人との距離をとる、接触する時間を短くする、換気の徹底)に加えて、どのような予防策が考えられるのか、それともそもそも予防ができないのかを考えたいと思っています」といったコメントをしていただきたかったです。いろんな可能性を考え続けたいと思っていたら、私のFacebookに次のような書き込みがありました。

 食品の接触感染の報告は英語論文上、皆無です。感覚で語らないでください。

 私はいつも接触(媒介物)感染という表現を使うようにしていますが、それは単純な理由からです。新型コロナウイルスが人の細胞に入り込むのはACE2レセプターから。当初、これらは鼻、目、肺を含めた呼吸器に多いと言われていましたが、口腔内の舌にも分布していることが明らかになりました。( http://www.kdu.ac.jp/corporation/news/topics/20210415_pressrelease.html )すなわち、口の中に食品に付着した新型コロナウイルスが入れば、当然のことながら舌にも触れますので感染する可能性が考えられます。なぜ、手洗いは口や目に入れるものを触る直前でなければならないかはこのような説明で辻褄が合うと思いませんか。
 いずれにせよ、まだわかっていないことが多々ある一方で、できていないことも多いと考えています。

 ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって

 できる人が、できることを、できる時に、できるように

 これからも辻褄合わせを続けたいと思います。