紳也特急 273号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『専門家とは』~
●『生徒の感想』
○『特定の分野に精通』
●『考えることを放棄していないか』
○『考えた結果の感染経路』
●『反省はするけど後悔はしない』
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●生徒の感想
 私は実際にコロナウイルスに感染しましたが、先生の話を聞いて自分の生活を振り返ってみると、まだまだ足りないことが多くありました。これくらいならというあいまいな考えはせずに、しっかりと言い切ることが大事だと思いました。(高2女子)

 私はコロナにならないように、マスクや手洗い、うがいなどを何となくみんなが行っているからという理由でやっていたけれど、きちんと理由を理解して行うと、マスクをつけなくてもよい場合があるということを教えていただきました。何となく行動するのではなく、理解して、理由を知った上で行動するようにしたいと思いました。(高2女子)

 岩室先生の講演を聞いて、固定観念にとらわれていたと思いました。自分のコロナ対策を振り返ると、皆がしてるから、言われたからといって、何故するのかと深く考えずにしていました。みんながしているからと流されるのではなく、一人ひとりがどんな感染経路なのかを知った上で対策することが感染リスクを減らす大切な方法だと思いました。(高1女子)

 コロナウイルスについては、三密がよくない、部活を制限する、緊急事態宣言を出すなどと言った実際に行われる施策しか知らなくて、なぜそれが必要なのか、具体的にいつ感染してしまうのかについて、自分が理解したつもりになっていたことに気づけた。これからの日常生活では、先生がおっしゃっていたように、どこから感染するのか、どのように感染するのか、などをよく考えて、コロナウイルスに感染しないために最大限自分ができる取り組みをしたい。(高2女子)

 TVなどのメディアでたくさんコロナについて取り上げられているけれど、今回のようなためになる話が全然されていないので、正しくてすぐに役立てられる情報がもっと発信されるといいと思う。コロナは、目、鼻、口から入るので、今後それに気を付けて生活したい。(高2男子)

 コロナもエイズもその他のウイルスも少し考えれば何をしたらうつるのかすぐわかるのに、そういう当たり前のことを今まで考えたことないなと思った。みんなわかっているはずなのに当たり前すぎてみんなその行動で感染するかもしれないということに気づいていないのだと思う。テレビなどのメディアも密を避けようということばかりで、おにぎりや飲み物、タバコなどを触る時に気を付けるべきことについてなどの報道はほとんど見たことがない。今回の話を聞いてそれに気づけたので良かった。(高2男子)

 相変わらず専門家の方々の言動に振り回されている新型コロナウイルス対策ですが、専門家に振り回されているのは新型コロナウイルス対策だけではないということを再確認させてくれたのがNHKのクローズアップ現代「妻は夫に“殺された”のか 追跡・講談社元社員“事件と裁判”」という番組でした。番組自体もよくぞここまで踏み込んだと思わせる内容でしたが、番組の中での千葉大学法医学教室の岩瀬博太郎教授のコメントが衝撃的でした。

 専門家という名前がついている人が自信ありげに言うと、それが通っちゃうというのは多々経験していますね。

 思わずうなずいていました。そこで今月のテーマをずばり「専門家とは」としました。

専門家とは

○特定の分野とは
 2019年7月の紳也特急239号は「専門とは?」というタイトルで「専門家と称する人たちは決してその一つの課題に関係するすべての分野での専門家ではありません」と書かせてもらっていました。
 2021年6月の紳也特急262号の「専門家って何?」の章で「専門家」を「単に資格を持った人であったということではないでしょうか」とさらっと流していました。これは新型コロナウイルスのようにまだ知見も蓄積されていないことについて「専門家」を名乗れる人はいないという思いからでした。
 広辞苑で検索すると「ある学問分野や事柄などを専門に研究・担当し、それに精通している人」とあります。裏を返すと、専門家と名乗っている人は、ある特定の分野や事柄などについて、専門に研究・担当し、それに精通しているか否かを確認する必要があります。では、特定の分野とは何を指すのでしょうか。
 高校生たちが岩室の話を聞き、自分たちの日常の生活習慣の中に新型コロナウイルスの感染予防対策が十分入り込んでいないことに気づいてくれました。ということは、少なくとも彼らがそれまで耳にしてきた感染予防対策は、「日常の生活習慣の中で求められている新型コロナウイルス感染予防対策」という特定の分野について精通している人から情報を得ていなかった。すなわち、情報を発信していた人たちは「日常の生活習慣の中で求められている新型コロナウイルス感染予防対策」の専門家ではなかったということになります。

●考えることを放棄していないか
 先に紹介した千葉大学法医学教室の岩瀬博太郎教授のコメント「専門家という名前がついている人が自信ありげに言うと、それが通っちゃうというのは多々経験していますね」というのを聞き、ある高校生の感想文を思い出しました。

 高校生(しかも女子)をやっている今、性について真面目に考える機会などはほぼないですし、あまり気軽にぺらぺら話したりすることは、難しいです。
 自分で色々考えたくても、材料となる情報は氾濫していて、何を思考の軸におけばよいのかわからず、自分のなかに浮かんだ疑問・問題はいままでほったらかしのままでした。
 これからは色々なことについて、考えることを放棄せずに生きていけたら、と思います。

 確かにいろんな情報をつなぎ合わせ、そこから自分に役に立つものを抽出して生活の中に活かしていくというのは言うは易し、行うは難しです。だから専門家の人たちに方向性を委ねたいと思うのはわかりますが、それは裏を返すと考えることを自ら放棄していることと言えます。マスコミも、国民が必要としている情報はどの特定の分野に精通している人の情報かを吟味して発信する必要があるのではないでしょうか。

○考えた結果の感染経路
 新型コロナウイルスがどのような感染経路で広がるか、正直なところ初期の頃から専門家と称する方々が自説を繰り返していました。いやいや、論文を、国立感染症研究所やWHO、CDCが言っていることを踏まえた話との反論も多々受けてきました。しかし、先日やっと国立感染症研究所がエアロゾル感染を認め、WHOなどが未だにアフリカでHIV感染予防のために割礼を推奨しているように、日本人にとって最良の感染症予防対策が何かについてはまだまだ検証しなければならないことが多々あります。だからこそ岩室紳也はいろんな情報を突き合わせながら自ら考え、発信する作業を繰り返してきました。
 最近でこそ感染拡大についての事例的な情報が少なくなりましたが、感染拡大の初期の頃、飲食店で感染が広がったという記事の中に、飛沫感染やエアロゾル感染では説明がつかず、接触(媒介物)感染が強く疑われる事例がありました。ところが飛沫が付着した料理を食べて感染する接触(媒介物)感染について話をしても、喉や肺で感染するが口の中に入っても感染しないと言い切る専門家が後を絶ちませんでした。その時点で私も口腔内に新型コロナウイルス感染の入り口になるACE2レセプターが発現しているという論文を探すことができていませんでした。しかし、口腔内組織にACE2レセプターが発現していると書かれている論文が次々と世に送り出されました。次のは神奈川歯科大学の研究者のものです。
http://www.kdu.ac.jp/corporation/news/topics/20210415_pressrelease.html
https://www.mdpi.com/1422-0067/21/17/6000
 上記以外にもいくつもの論文があり、これらのことを承知されている口腔外科、歯科医の先生方は、飛沫が付着した料理で感染するリスクは当然のこととして納得してくれました。さらにキスでの感染予防のためにキスの前後に何かを飲んでウイルスを胃に流すことでrisk reductionになることについても「完全に同意します」と言ってくれました。
 ここで大事なことは、口腔内で感染が起こるメカニズムを研究し証明した先生たちは、必ずしも口腔内感染予防、接触(媒介物)感染予防の専門家ではないということです。だからこそ、岩室はこのような情報を収集し、いろんな人と意見交換をする中で、科学的に理屈が通った情報を「日常の生活習慣の中で求められている新型コロナウイルス感染予防対策」の専門家として高校生に話をさせていただきました。

●反省はするけど後悔はしない
 私のHIV/AIDS活動の同志だったパト。日本語ペラペラのゲイでHIVに感染していたパトとの出会いはその後の私のHIV/AIDS活動の方向性を揺るぎのないものにしてくれました。出会ってすぐの頃、まだHIVを抑える治療薬もない死の病だったHIV感染症にかかっていたパトと次のような会話をしていました。

岩室:HIVに感染した時のセックスのことを後悔していないの?
パト:何で後悔するの?
岩室:パトのコンドームの着け方は完璧だけど、相手の人が感染していることを知っていたのだからセックスをしなければ感染しなかったじゃない。
パト:結果的にコンドームが破れて感染したけど、この人とコンドームを着けてセックスをすると自分で決めたんだから後悔なんてするわけないでしょ。もちろん反省点はあるかもしれないけど。

 反省はするけど後悔はしない。ちゃんと予防についても事前にしっかりと学習し、そのriskも承知していたからこそ言える言葉です。感染症予防に完璧はありません。若くても新型コロナウイルスで亡くなる方もいます。だからこそ、これからもいろんな人が後悔しないための情報発信をし続けたいと思っています。岩室紳也が後悔しないためにも。