紳也特急 281号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,281  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『こころに響くリアルな対話』~

●『生徒の感想』
○『対話とは』
●『対話の実際』
○『リアルな対話だから伝わる』
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 あけましておめでとうございます。
 皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 岩室家は昨年、千葉県いすみ市出身、2022年5月22日生まれの「こなつ」という新しい家族(猫)が増え、にぎやかで楽しい正月を迎えています。
 猫を含めリアルなつながりが大事だと実感した1年でしたので、まずは元気の源の生徒の感想です。

●生徒の感想
 当り前を当たり前に話してくれる大人ってあんまりいないので、皆にとっても、自分にとっても、本当にいい機会になったので、講師の先生も、用意を手伝ってくれた方々にも、本当に感謝してもしきれないなと思いました。(中3女子)

 私は性的なはなしよりも、生徒からの質問の受け答えがとっても大人な考え方で、人の死に方に価値をつけたくないという岩室さんの言葉がかっこよかったです。(中3女子)

 生徒と同じように話せる大人が初めてだったので勉強になった。(高1男子)

 自立と依存と絆のことを教えてもらい、昔を思い出しました。一人の自分を助けてくれた女子が今の自分をつくってくれたことに改めて感謝したいと思います。(高1男子)

 自分がしたくなかったら、相手に嫌われるとか関係なく、断る勇気が大切なんだなと改めて思いました。(高1女子)

 特に記憶に残っているのが「どこから、どこへ、どうやって」の言葉です。岩室先生もおっしゃっていましたが、僕も性感染症にかかる人はまじめではないと思っていました。しかし、「どこから、どこへ、どうやって」で考えるとそれは大きな間違い、偏見であるということに気づきました。(中3男子)

 今日の講演で、生理について男子はいろいろ知れたと思うので、たよらないといけない時はたよろうと思いました。(中2女子)

 オナニーは皆やっているから別に自分がやっていても恥ずかしくないんだなとあらためて知ることができました。(中2男子)

 私が1番心に残っていることは、未成年だからにんしんしたらいけないわけではなく、大変な子育てを楽しめる時期になってから子どもを産んだ方が良いということです。(中1女子)

 最近の講演後の感想が以前と比べてビシバシ伝わってくるものが多くなったように思っています。何故なのかと考えていた時、ふと生徒さんたちはこの3年間、リアルで、マスクなしで話す人を見たことがないことに気づかされました。おそらく同じ話でもマスクをして話していたらそんなに響かなかったのではと思いました。そこで今月のテーマを「こころに響くリアルな対話」としました。

こころに響くリアルな対話

〇対話とは
 精神科医の斎藤環先生が「ひきこもりと対話」という話の中で「対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。思春期の問題の多くは『対話』の不足や欠如からこじれていく」と教えてくださっています。以前はこの言葉についてあまり深く考えず、「そうだよね」と思いながら紹介していました。しかし、コロナ禍の今、「面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと」の大切さを強調して訴え続けています。文部科学省も対話的な学びの大切さを訴えているのですが、そもそも「対話」とは何かを深く考えていないのかなとも思いました。
 「面と向かう」というのはまさしく(相手の)顔と向き合うことです。すなわち、声だけのやりとりではなく、マスクなしの、お互いの顔を見せ合いながら、微妙に変化する表情を含めたキャッチボールをすることではじめて対話が成立します。

●対話の実際
 実際の講演では次のようなステップを踏んでマスクなしの講演に移行します。
 講演先には早目に着くようにし、会場を確認し、少しでも空気の流れが創出されるようにしてもらいます。講演会が始まる時、今のご時世なので最初はマスクをして登場します。性やエイズ関連の講演依頼がほとんどなので、最初に私自身がHIVの感染経路を正しく理解していないかった話から対話的講演会が始まります。

 私が最初にエイズの患者さんの診療を頼まれたころは治療薬もなく、エイズウイルス(HIV)に感染したら5年から10年でほとんどの人が亡くなっていました。今のコロナよりはるかに怖い病気だったので患者さんを診るなんて到底できないと最初は断りました。

 その時、「何で感染する?」と聞かれ、恥ずかしながら初めてHIVの感染経路を、すなわちウイルスは、(感染している人の)どこから、(感染する人の、その時の場合は医療者の)どこへ、どうやって(うつるか)かを考えました。

 HIVは性行為で感染しますが、患者さんとはセックスはしません。患者さんから感染するというのは針刺し事故だけです。すなわち点滴、注射、採血の際にだけ感染予防のことを考え、注意すればいいということに気づかされました。

 ところで新型コロナウイルスは何で感染しますか?
   「飛沫」と答えられる生徒は半数以下です。

 飛沫はどれぐらい飛びますか?
   「2メートル」と答えられる生徒は1割程度です。

 感染している人の口から飛び出す飛沫は2メートル先に落下するので、最も近い生徒さんから3メートル以上離れているテーブルに戻ったので、マスクを外しても最前列の生徒さんに飛沫は届かないですよね。

 でも、ちょっと勉強している人は「エアロゾル、小さい飛沫での感染は大丈夫なの?」と思いましたよね。では、このエアロゾルを体験してみましょう。全員私の方を見ていて話しもしていないので一度マスクを外してください。

 口の前に掌を当てて優しく『はーっ』て息を吹きかけてください。掌が湿ります。これがエアロゾルという小さな飛沫です。このエアロゾルは空気中をさまよい続け、最終的には落下する、空気より重いものです。だから世間でよく言う換気では外に追い出せません。積極的に空気の流れをつくり、エアロゾルを拡散させる必要があります。この講演会場を見てもらうと、暖房もできる大型の扇風機が作動していますが、創り出された空気の流れが体育館の反対側の横の扉が少しだけ開けてあります。そこから排気されるようにしています。

 後ろの人は見えないでしょうが、私のテーブルには首振り型の携帯型扇風機が作動し、私の周りの空気を撹拌しています。何故空気の流れを創ったり、空気を撹拌したりする必要があるのでしょうか。ウイルスは何個、体に入ると感染すると思いますか。私も勉強をするまではウイルスは1個でも体内に入れば感染すると思っていました。しかし、新型コロナウイルスを身長60センチのアカゲザルに感染させるという実験を行ったところ、数千から数万個のウイルスを感染させる必要があることが明らかになっています。すなわち、感染を予防するということは、体内に入るウイルス量をゼロにすることではなく、体内に入るウイルス量をできるだけ減らす努力をするということです。

 そして飛沫もエアロゾルも最終的には落下します。テーブルに付着した飛沫を触った指先を洗わないで口に入れるポテトフライをつかんだり、(見本を見せながら)パリパリ海苔のコンビニのおにぎりのラップにウイルスが付いていたら、ラップを外した時にウイルスが着いた指で直接海苔を触るので危ないですよね。

〇リアルな対話だから伝わる
 200人もの聴衆の中には当然のことながら私の顔もよく見えないという人もいます。でも、話の内容が聞きたいもので、なおかつ、前述のように聞き手との対話形式だと気が付けば聞き入ってくれるようです。でも、同じ内容を、スライドを使った講演やFacebookで繰り返し伝えているつもりですが、意外と伝わっていません。
 コロナ禍で講演会のみならず授業もオンラインが増えました。私も機材を揃え、AIDS文化フォーラムも8月の横浜、12月の名古屋、今月の陸前高田もハイブリッドで配信しています。しかし、3日間行った横浜で、初日をオンラインで視聴してくださった方が「やっぱりリアルがいい」と2日目、3日目は現地で参加してくださったように、リアルな対話だからこそ思いが伝わることを実感しています。
 昨年は公衆衛生学会、エイズ学会、性感染症学会などで、多くの人とマスクを外した懇親会を重ねてきました。もちろん感染予防のためにお互いの顔に、料理に飛沫をかけないように、携帯型扇風機を回してエアロゾルを拡散しながらです。本年もできることを重ねつつ、リアルな逢瀬を楽しみたいと思います。

 本年もよろしくお願いします。