紳也特急 293号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,293  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『時代は変わっても、人は変われない』~

●『生徒の感想』
○『人は経験に学び、経験していないことは他人ごと』
●『院外処方は時代の流れ』
○『変われない自分を見つめて』
●『変われる人への期待』
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●生徒の感想

 正しい知識を得るには映像だけのテレビやインターネットよりも、人の声で聴き、想像力や考えて判断をすることが大切だとわかりました。特に性知識はしっかりと身に着けた方がよいと思いました。(高1男子)

 自分は性の知識をそれなりに持っていると思っていたんですけど、講座を受けていると、知らないものばかりだったのでもっと調べなきゃなと思いました。(高1男子)

 正解を疑えと言っていたが、自分は脳の処理量を減らすため、事象について疑い、それを正しいという根拠を考えてこなかったので、これは知っていると決めたらそれ以上疑うことがないことが多いので、治したいと思った。(高2男子)

 相談するではなく、対話の中で答えが見つかる可能性があるという話題、タメになりました。自分は他人を頼ったり相談したりするのが大嫌いなので・・・・・(高2女子)

 コンドームの扱い方も、女だからといって知らない顔をするのではなく、自分の体を守る身として意識していきたいです。(高3女子)

 学校での講演も復活し、このようにいろんな感想をもらう日常が戻ってくると時代の変化というのをあまり感じることはありません。ところが京都で開催された日本エイズ学会で「偏見、差別、誤解」のシンポジウムを開催したり、厚木市立病院で抗HIV薬の院外処方が求められたりする中で、時代が大きく変わってきている、動いている一方で人はなかなか変われないと思わされた年の瀬でした。そこで2024年1月号のテーマを「時代は変わっても、人は変われない」としました。

時代は変わっても、人は変われない

〇人は経験に学び、経験していないことは他人ごと
 今年の日本エイズ学会では多くの方の支援を得て「偏見、差別、誤解」のシンポジウムの座長と発表をさせていただきました。同じメンバーで10月に開催されたAIDS文化フォーラム in 京都でも発表していたので議論を深めることができました。だからこそ言えるのですが、あらためて気づかされたのが「人は経験に学び、経験していないことは他人ごと」ということでした。
 新型コロナウイルス患者への対応で、外国籍の方々への支援で、HIV/AIDSの相談で、HIV/AIDSの診療や普及啓発で「偏見、差別、誤解」にさらされたり、経験したりした人たちが登壇しました。どの方のメッセージも本当に重いもので、フロアは立ち見が出るほどの満員御礼状態でした。参加してくださった方々も口々に「よかった」と言ってくださったのですが、では、このシンポジウムを企画した時に考えていた「HIV/AIDSや新型コロナウイルスでわれわれが経験してきた偏見、差別、誤解を繰り返さないための方策が見つかったか」というと、私自身の答えはNoでした。だからと言ってこのシンポジウムが無駄だったとは思いませんし、すごく意味があるシンポジウムだったと今でも自負しています。
 登壇してくださった方々も、岩室紳也も、次なるパンデミックの際に冷静に対応できるでしょう。というか今回の新型コロナウイルス対策でもそれぞれが非常に冷静、かつ的確に対応されていました。しかし、なぜそのような対応が可能だったかと言えば、それぞれが、それまで様々な経験を通して、自らの中にある、あるいは周囲にある偏見、差別、誤解と早い段階で向き合う経験を重ねてきたからだったように思います。一方で一人ひとりが、それぞれの経験を通して培ったものを他の人に、次の世代に簡単引き継げないのは当たり前と言えば当たり前のことだということも実感させていただきました。

●院外処方は時代の流れ
 いま、医療機関を受診し、薬を処方されるとその処方箋を持って薬局に行き薬を受け取ります。このシステムを「院外処方」と言います。この制度が始まったのは1956年で、当初は医療の質的向上を図るため、つまり、医師の指示した薬に対して、薬剤師がチェックすることによって、 患者の安全性を一層高めることが本来の目的だったとのことです。しかし医療費が高騰し続ける中、医療費を抑制するために様々な取り組みが行われる中、院外処方も医療費抑制策の一つとして重要な役割を担うようになりました。すなわち病院や診療所の中で薬を受け取るシステムだと、より多くの薬を出せば出すほど購入価格と薬価との差額で医療機関が儲かることになります。それに対して院外処方だと医療機関は処方箋代しかもらえないので、余計な薬を出さず、医療費が抑制されるという発想からでした。
 私がHIV/AIDS診療を始めた1994年頃はHIVをコントロールできるような治療薬もなく、次から次へと患者さんが亡くなる時代でした。その後、少しずつ治療薬が開発されたものの、院外処方にすればHIVに感染していることを院外薬局で他の患者さんに知られることへの懸念もあり、多くの病院ではHIV/AIDSの患者さんの薬は院内処方としてきました。また、HIVに感染している患者さんの診療を拒否する医療機関が多かったことから、診療をしている医療機関は医療保険で「ウイルス疾患指導料2」というのが認められ、一定の要件を満たせば月1回5,500円の指導料をもらえるようになっています。
 しかし、時代は変わり、特に大学病院等は率先してHIVの治療薬も院外処方としてきました。一方で多くの病院に感染制御の専門家(インフェクションコントロールドクター:Infection Control Doctor(ICD))が勤務するようになり、厚木市立病院でも大学から派遣される先生たちもHIV診療をしてくださることになりました。大学病院等でHIV診療の経験があり、当たり前のように院外処方をされてきた若い先生から見ると偏見や差別に直面してきた世代の人間が院内処方にこだわってきた理由が理解できないのも当然のことです。

〇変われない自分を見つめて
 時代が変わった。世間はそこまで気にしなくなった。今の流れに合わせるのが基本。と、いろいろ思うのですが、一方で昔はもちろんのこと、未だに自分だけではなく、患者さんが受け続けている不当な扱いを考えると、割り切れない自分がいます。それはおそらく、時代が変わっても、そして変わる前の時代も、変わった後の時代も経験している私は「変わる前の時代のままの人間」、すなわち変われない人間なのだと改めて思いました(笑)。変われない理由は年齢もあるのでしょうが、言い訳に聞こえるかもしれませんが、それ以上に強烈な差別、偏見、誤解を経験してきたから故にしみついてしまったこだわりがあると思います。
 一方で次のような経験を先日しました。HIVの患者さんが急に健康診断書が必要だということで開業医さんを紹介したら偉い剣幕で「HIVに感染している人を紹介してもらっては困る」とおしかりを受けました。U=U、すなわち、治療によって血液中のHIVが検出できない(Undetectable)の状態にある患者さんはコンドームなしでパートナーとセックスをしても相手にうつさない(Untransmittable)ということが常識になっているにもかかわらずそのことが医療関係者の中に浸透していません。でも、変われない岩室紳也がいるのであれば、変わらないこの先生を責めることはできないと思いました(反省)。

●変われる人への期待
 では変われる人とはどのような人なのかと考えると、まだ柔軟性がある若者です。中高生に講演をさせてもらうと、私の言葉を本当に真剣に受け止め、吸収してくれているのが伝わってきます。だからこそメルマガで生徒の感想を毎回紹介させていただいています。その意味でも、これからの余生、講演を通して、変われる人への期待を込めていろんな思いを伝え続けたいと改めて思いました。
 こんなことを考え、書き連ねていたこの年末に、東日本大震災の少し前に亡くなられたHIVの患者さんのご家族から連絡があり、AIDS文化フォーラム in 横浜に多額のご寄付をいただきました。その患者さんは最期までご自宅での生活を希望されていたので、訪問看護、入浴サービス、ショートステイ等々、本当に多くの方に支えられる調整を岩室がしたことに感謝されてのことでした。この患者さんとの日々を振り返るとそれこそ昨日のことのように思い出されますし、東日本大震災と言えば私にとってはほんの少し前に起きたことですが、考えてみれば多くの人にとって東日本大震災は遠い出来事になっています。だからこそ、経験した人が、その経験を、変われる人への期待を込めて伝え続けるのが責務なのだと改めて思いました。
 本年もどうぞよろしくお願いします。