紳也特急 296号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,296  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『次なる失われた30年』~

●『生徒の感想』
○『なぜ「失われた30年」になったのか』
●『終活で気づいたこと』
○『人は考えることを放棄するもの』
●『反省はしても後悔はしない』
○『30年後も続くマスク禍?』
●『二刀流を誇りに』
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●生徒の感想

 LGBTは学者などが人間を知り尽くしたいという自己満足で名前をつけ分類したものだと思うのですが本当に必要なのでしょうか。分類してしまう事自体が差別的であり、LGBTを理解できないというセクシュアリティを持つ人々に強制してしまっているのではないか、LGBTに関わらず、分類さえしなければ差別や争いが生まれることはないのではないかと思っています。(高2男子)

 LGBTQについて理解はしないけれど認めるという言葉がとても印象に残った。私は今までLGBTQについて理解を深めるのが大切だと考えていた。しかし、どのように理解を深めればいいのかよく分からなかった。自分が正しい、自分が普通といった認識を持っていたからだ。先生の講演を聞き、まず私が考えていた普通とはなにか、そもそもLGBTQに普通など存在するのかを考えさせられた。先生がおっしゃっていた通り自分は体は女性であり、性の認識も女性であるが、なぜそうなのかは自分でもよくわからないし理解できない。自分のこともわからないのに同性愛者のことなんて理解できるはずもない。私が自分自身の身体、性を認めているように他の人のことも理解をするのではなく認め合うことが大切ということを学んだ。(高1女子)

 自分のためにも相手のためにも、今回のお話を全世界の人たちの共通理解?になればいいなと思います。LGBTで男性同士、女性同士が好きな人がいるから、同性でも結婚できる国もあるのに、日本はまだ認められてないから不思議です。(中3女子)

 学校では色々な問題の正解を求められる、もしくは自分の正解を見出すことが多い。しかし、今回の講習は今までの常識を教えられてきた定石を覆すようなお話だった。学校でこのような切り込んだ話はしないものだと思っていたため驚いた。心の中に秘めていた表には出さないようにしていた考えをしても良いと感じ心が少し楽になった。友達に気軽に話せるようになりたい。堂々と自身を持って人前で意見できるようになりたいと思った。(高1女子)

 日本が正解依存症になってしまっているという点に非常に共感を持てました。近年正しさを追求するあまり多くの人がその行動に理由をつけようとしています。これが自分はとても嫌だと感じます。自分の考えを持たずただ提示されたものに疑問を持たないこと、その結果人が話すことに不正解だと言い正解を話すということが一種のパターンになってしまうことがとても不安です。今日先生に話してもらったことを一つの考えとして受け止め、今後の人生に役立てたいと思います。(高2女子)

 沖縄で開催された第25回GID(Gender Identity Disorder:性同一性障害)学会で学会の名称がGI(Gender Incongruence:性別不合)学会に変更されました。その学会で「トランスジェンダーと性教育」というタイトルで講演をさせてもらう準備をしながら講演をしていたからか、それとも学会で話を聞いてくださった当事者の方々も「理解ではなく存在を認める」という視点に共感してもらえたからか、前記のような感想を多くいただきました。若い生徒さんの力ってすごいですよね。生徒さんや学会の参加者の多くは頭が柔軟ですが、残念ながら私を含め、多くの人は大人になるとなかなか硬くなった頭を、思考パターンを修正することは至難の業です。未だに屋外で、一人で運転している車の中でマスクをしている人たちを見ると、コロナ禍はこれから30年は続くのではないかと思い、今月のテーマを「次なる失われた30年」としました。

次なる失われた30年

○なぜ「失われた30年」になったのか
 日経平均株価が約34年前の1989年末につけた終値を上回り、史上最高値を更新しました。低成長と物価低迷が続いたこの30年余は「失われた30年」と言われていますが、気が付けば欧米の給与が、物価が日本の倍以上に、逆に日本人の給与が、物価が欧米の半分になっています。春闘での賃上げが報道されても、相変わらず「物価が高い」というテレビ報道は消えません。そもそも物価が高騰しなければ、物づくりをしている人たちの収入は増えないのに、どうしてそのことを報道しないのでしょうか。答えは簡単で視聴者が求めていないから、すなわち「そうだ、そうだ」となれないからです。
 「失われた30年」になった本当の理由は100円ショップの台頭を含め、「とにかく安いのが一番」という空気を、考えることなく受け入れてきた、生活習慣、思考パターンが原因ではないでしょうか。でわが家はというと、購入した中古マンションが2.5倍になっても踊らされることなく、身の丈に合った生活をこれまでも、そしてこれからも続けるだけです。

●終活で気づいたこと
 よく「人に迷惑をかけたくない」という話を聞きます。最近はお葬式も家族葬が増え、子どもたちが人の死を、命を感じる機会がなくなっているにも関わらず、大人たちは家族葬を選ぶ一方で「命を大切に」というきれいごとを言って自己満足しています。
 そこでふと思ったのが、「岩室紳也が死んだ時に何が誰の、どのような迷惑になるのか?」でした。事務所を兼ねた自分の部屋を見渡すと、引っ越して来て以来20年以上ほぼ触っていないカメラや、どんどん増えるパソコン関連の機械等があふれていました。それらを一つずつ、いま流行りの終活のつもりでメルカリで処分し続けています。でも、裏を返せば、不要なものが増えてもそのことに気づかないまま、考えることを放棄していた自分がいたということです。他の人には考えることを放棄しないことの大切さを伝えたいと思っていたにも関わらず、当の自分が考えることを放棄していました(笑)。

○人は考えることを放棄するもの
 結局のところ、自分自身が一番学ばなければならなかったことは「人は考えることを放棄するもの」だということでした。コロナでの状況を思い出すと、海外ではある段階から考えることを放棄した結果、マスクを使わず、感染が広がり、多くの方が亡くなり、でもウイルスが弱毒化する中で集団免疫をある程度獲得し、コロナ前の生活を取り戻しています。一方で日本では、3密回避、マスク着用等が浸透し、感染経路について考えることを放棄し、結果的に「とにかくマスク」という生活習慣が残ったにもかかわらず、コロナだけではなく季節外れのインフルエンザの流行に遭遇しています。でも、日本の専門家はコロナ対策が上手くいったから死者が少なかったと言っていますが、コロナ対策の副作用については因果関係が明確ではないのでなかったことになっています。
 一公衆衛生医として新たに考えなければならないことは「人は考えることを放棄するもの」という事実とどう向き合えばいいかでした。

●反省はしても後悔はしない
 亡くなった親友でHIVの患者でもあったパトが教えてくれた言葉です。自分で考え、選択した、決めたことだから、いろいろ反省点はあっても後悔しない。確かにその通りですね。
 人を変えることはできないけれど、人は変わることはできる。ドヤ街で活動している人が教えてくれた言葉です。人を変えようとしている間は、結局は人間という生き物の本質を理解しておらず、人を変えられると錯覚しているだけだと改めて反省させられました。
ではどのように考え、後悔しないようにすればいいのでしょうか。

○30年後も続くマスク禍?
 実はコロナ禍の前から中高生でマスクが外せない生徒さんが増えていました。そのことを問題視する大人たちも気が付けばコロナ禍で「マスクは個人の選択」を刷り込まれ、コロナ禍前の危機感がかき消されてしまいました。今も「春は花粉症の季節なので、多くの人がマスクをしているのは花粉症だからで、もう少しすればマスクをとる人が増える」と思っている人も多いと思いますが、そうなるどころか、30年後は今以上にマスクをしている人が増えているのではないでしょうか。

●二刀流を誇りに
 で、岩室紳也はこれからどうするのか、どうしたいのか。明後日の4月3日に医学生に公衆衛生の講義をするのですが、講師紹介を次のようにお願いしました。

 自治医科大学医学部卒後、臨床医、公衆衛生医の2刀流を実践し続け、AIDS文化フォーラムというボランティア活動は31年目を、東日本大震災後岩手県陸前高田市の支援は14年目を迎える。

 大谷翔平選手の二刀流がすごいと尊敬されているのは、打者も、投手もどちらもすごく大変なことだと多くの人が理解しているからです。確かに打者も投手も結果が数字として残るので誰から見てもその両方で数字を残している大谷選手は「すごい」となるのですが、残念ながら公衆衛生は結果が簡単に出ません。だから臨床医を辞めて気楽に転職できる分野としか思っていない医者が少なくありません。でも、そんなに甘い世界ではないことを学生さんに伝えたいと改めて思いました。
 そして、30年後にマスク禍が悪化し、マスク率だけではなく、自殺が、不登校が増え続けていても、自分にできることは何かを考え、生徒さんと、住民の方と、様々な方々と、一人ひとりが否定されない、一人ひとりの言葉を拾ってもらえる対話を重ね、一人ひとりが元気をもらえ、とにかく後悔せずに済む地域づくりを続けたいと思いました。これからもよろしくお願いします。