紳也特急 269号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,269  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『対話で気づく』~

●『生徒の感想』
○『対話で進んだ理解』
●『対話の中に大事なヒントが』
○『役割の解放こそが対話の基本』
●『対話で予防したいオミクロン株』
○『「感染力」と「重症化リスク」』
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●生徒の感想
 性に関して、なぜ自分は異性が好きなのか、と聞かれた時に私は少し考えました。でも、わかりませんでした。考えても考えても何で?が出てきました。でもそれがせいなのだということが今回認識できたというか、性に関して少しだけわかったような気がしました。(高1女子)

 講演を聴く前は性教育なんて遅すぎだろと思っていました。というのも個人差はあるとは思うけど、性に関する身体の変化が始まるのは多くの人は中学の頃だと思うから。今さら性教育とか、もうみんな悩み終わってるだろと考えていました。しかし、今回の講演を聴いて、保健の授業でいう性教育などの知識ではなく、どちらかというと道徳のような視点から性と向き合う考えや思いの授業なんだなと思いました。(高1男子)

 「愛しているならセックス、ではない」という言葉が印象に残っています。今までは人と付き合ったら必ずしなければいけないものというような感覚があって、少し抵抗を感じていました。でも好きとか、愛してるとか、を表現するのにセックスは必ずしも必要なものではないと思うと、純粋に恋愛を楽しめるような気がしてきました。(高1女子)

 アメリカのカリフォルニア州ではステルシング(stealthing)を違法にする法案を満場一致で可決されたそうです。ステルシングとは、性行為の最中にパートナーの同意なくコンドームを外す行為だそうです。この法律を日本でも定めて欲しいと思いました。(高1女子)

 私が成果が見えにくい公衆衛生の虜になった理由がほぼ毎回掲載させていただいている生徒さんたちの感想にありました。講演後にいただく感想はいつも新鮮な刺激を与えてくれます。ここが伝わったんだ。こう受け止めるんだ。自分一人では到底思いつかない発想、感想を書いてくれた一人ひとりとの対話を楽しんでいました。対話の延長線上に自分が公衆衛生活動の中で解決したいと考える次なる課題や解決に向けたヒントが次々と生まれていました。そこで今月のテーマを「対話で気づく」としました。

対話で気づく

○対話で進んだ理解
 最近、進学校で講演をする機会が増えているのですが、生徒さんが前のめりになって聞いてくれるのが岩室紳也が浪人中に物理と化学の偏差値を10以上上げた話です。高校時代、物理と化学の先生が苦手で、授業は聞かず、ひたすら教科書と参考書で勉強をし、自分で知識や正解を詰め込んでいたつもりでした。しかし、予備校では先生の授業はとにかく面白く、ひたすら聞きながら、自分の頭の中の知識と先生が話すストーリーとの対話を楽しんでいました。その結果、新しい知識が増えたというより、きちんと理解できていなかった知識が、ちょっと視点を変えるヒントをもらうことで整理され、より理解が深まり、成績が上がっただけのことでした。

●対話の中に大事なヒントが
 医者になって2年半しか経っていなかった時に診療所で住み込みを始めました。診療は何とか大きなミスをすることなくこなせるようにはなっていたものの、患者さん一人ひとりの背景を考える余裕もありませんでした。ところが、地元に住んでいる看護師さんや受け付けの事務の方が「あの人はお嫁さんとの関係が悪いから血圧が高い」といった背景をいろいろ教えてくださる中で、診察や投薬といった医療行為以外に、患者さんの話やご家族の愚痴を聞くことの大切さを学ばせてもらいました。
 もちろん医学教育の中で家族構成、患者の背景を把握することの重要性は教わりますが、実地で、何気ないやり取り、対話の中から患者さんにとって大事なことが何かを把握し、自分ができることは何かを汲み取り実践につなげるということを診療所時代に学んでいたんだと今更ながら気づかせてもらっています。

○役割の解放こそが対話の基本
 東日本大震災の直後からかかわらせていただいている岩手県陸前高田市で公衆衛生を実践する上で大事なポイントが「できる人が、できることを、できる時に、できるように」することでした。私は医者なのでよく「被災地では救護所での診療をしていたのですか」と聞かれました。しかし、災害時は医者だから、保健師だから、看護師だから、薬剤師だから、素人だからといった平時に掲げていた看板や専門性にとらわれることなく、一人ひとりができることは何かを考え、実践し続けることこそが大事でした。
 それができたのは、一緒に陸前高田の支援に入っていた佐々木亮平保健師、名古屋市から派遣の日髙橘子保健師、陸前高田市の職員の皆さん、さらには未来図会議の参加者の皆さんと、今思えばず~~~~っと対話をし続けたからでした。その対話の中で、一人ひとりが、自分たちはもちろんのこと、他の人たちを専門性で、役割で縛るのではなく、一人ひとりの役割を解放しながらそれぞれができることを考え、発言し、実践につなげる、対話する関係性を構築していました。そのような関係性が構築できた時、陸前高田市が公衆衛生、地域づくりの視点で一歩ずつ復興に向かっていると実感できました。

●対話で予防したいオミクロン株
 オミクロン株の感染者数はこれから加速度的に増えると考えられますが、災害級と言われる新型コロナウイルス禍でこそ対話が必要です。今、多くの人たちが持っている新型コロナウイルスに関する知識は決して大きく間違っているわけではありません。しかし、一つ一つの情報、知識が有機的に結合した状態で一人ひとりの行動に結びついていないと思うのは私だけでしょうか。
 「オミクロン株は感染力が強いが重症化リスクは低い」ということが繰り返し伝えられています。マスコミも専門家も「感染者数が増えれば重症者が増える」と言って、一見同じ問題のように伝えています。しかし、よく考えてみると「感染力」と「重症化リスク」はまったく別問題です。自分一人だとごちゃごちゃになってしまう視点を、他の人と対話をする中で整理して正しく対応できるようにすることが急務ではないでしょうか。

○「感染力」と「重症化リスク」
 アカゲザルの実験では新型コロナウイルスに感染するには数千から数万個のウイルスを吸入する必要があるとされています。感染力が強いということは、その数が数百でも感染する可能性があるということです。吸い込むウイルス量を減らすには浮遊しているウイルスの空気中の濃度を減らすための工夫が必要です。そのためにできることは実は無数。一例を挙げれば、体育館での講演では暖房で上昇気流をつくりながら、上部の窓に換気扇をつける、サーキュレーターで空気を拡散する、など。いろんな人が対話を重ねればいろんな工夫点が浮かび上がります。
 感染した人が重症化するか否かはその人の年齢、基礎疾患の有無、ワクチン接種の有無に加え、3回目接種が適切な時期に行われているかです。すなわち、重症化を予防するには基礎疾患がある人はそのコントロールをしつつ、できるだけ適切な時期に3回目接種ができるようにすることです。
 ところが、このような対話がないため、世の中の注目は「検査」に集中し、無症状感染者の大量掘り起こしが始まっています。検査はあくまでも感染していない可能性が高いことの証明でしかありません。だから陰性でも感染している可能性があるとして感染予防行動はしっかりとる必要があります。感染していても不織布マスクで飛沫感染は予防できます。しかし、不織布マスクをしていてもエアロゾルは多く排出していますのでエアロゾル感染、さらに乾燥している冬場だとエアロゾルの水分が蒸発し飛沫核が露出した空気(飛沫核)感染のリスクはつきまといます。で、どうする。対話をし続けるしかありません。

 改めまして、あけましておめでとうございます。
 今年を新型コロナウイルス対策対話元年にしたいと思います。
 本年もよろしくお願いします。