紳也特急 274号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,274  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『安心、安全の追及が生む偏見、差別』~
●『生徒の感想』
○『サル痘の報道に学ぶ』
●『スティグマ(偏見、差別)は安心、安全を追求した結果?』
○『感染症対策の難しさ』
●『サル痘とは?』
○『曖昧が生む「考えられない文化」』
●『普及啓発の基本は対話』
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●生徒の感想
 生理の時ではなく、生理の14日前が排卵日だということを初めて知って、まだ全然体のことを知らないんだなと思いました。(高1女子)

 母親や姉にも「男性の前で生理の話とかするな」と教えられていたが、それじゃ理解されないじゃん、とも思っていたので、今回、いろんな人が知ってくれて、理解してもらえたならうれしい。性教育はデリケートな話だが、男も女もお互いのことを知っておいた方が理解し敢えて良い関係が築けそうなので大切だと思った。(高2女子)

 日本人は性に対して興味があるのに興味がないふりをしたりするところが嫌だなあと思っていたので、ちゃんとした性教育をしてもらって清々しかった。(高2男子)

 自分は性的なワードがなぜか苦手なのですが、岩室先生の講演中は不思議と自然に聞くことができました。そのおかげでゲイなどの大変さが少し理解できました。しかし、講演会が終わったとたん、苦手意識が戻ってきました。克服は少し難しそうです。(中3男子)

 性的なワードが苦手だけど、講演中は不思議と自然に聞くことができたものの、講演が終わったとたん、苦手意識が戻った。確かに苦手意識を一朝一夕で克服できるはずもありません。しかし、この苦手意識が報道を、対策をゆがめていることも事実です。今回、私も知らなかったサル痘の報道が教えてくれました。そこで今月のテーマを「安心、安全の追及が生む偏見、差別」としました。

安心、安全の追及が生む偏見、差別

○サル痘の報道に学ぶ
 サル痘「国内での感染確認されず 天然痘ワクチン備蓄」厚労相
 サル痘に有効とされる天然痘ワクチン 日本も備蓄、活用方法を検討
 奇病ウイルス「サル痘」が世界12カ国へ謎の感染拡大…“夏のワンナイトラブ”にご用心!
 「サル痘、欧州のレイヴでの性行為で拡散した可能性」専門家が指摘
 サル痘の流行は「ウクライナ支援国」のゲイばかりと、ロシア国営TVで嘲笑
 スペイン帰りの男性が感染、アルゼンチンでも「サル痘」…中南米では初の事例か

 サル痘に関する報道に接した皆さんは、一人ひとりが自分のために、他の人のため、患者となった方のためにできることは何かを考えたでしょうか。

 新しい感染症があるんだ。
 サルからうつるのかな?
 日本にはまだ入ってきていないし、とりあえず他人ごと?
 やっぱりゲイの中で流行!

 サル痘の報道に接し、HIV/AIDSや新型コロナウイルスの時と同じく、国民一人ひとりが必要としている情報が伝えられないと残念な気持ちになってしまいました。

●スティグマ(偏見、差別)は安心、安全を追求した結果?
 今の時点でサル痘の対策として確実なことはワクチンが存在することです。マスコミは国民を安心させるため「ワクチンあります!!!」や「ゲイの病気」というイメージ報道をしたのではないでしょうか。
 新型コロナウイルスの初期の頃、「ホストクラブ」「接待を伴う飲食店」「お酒を提供するお店」等を袋叩きにし、そのようなところに行かなければ大丈夫だと国民に誤解をさせ、「夜の街」へのスティグマ(偏見、差別)が助長されたことは記憶に新しいところです。でも、報道する側も、対策を行っている専門家や行政も、自分たちの発言がスティグマ(偏見、差別)の助長につながるとは思わず、大多数の人の安心、安全に寄与していると考えているからこそ、今回もマイノリティーの人たちのことをやり玉にあげるという、同じ過ちを繰り返したのだと思いました。

○感染症対策の難しさ
 感染症対策の難しさは、病原体が見えないことだけではなく、他人ごと意識が根深く浸透していることです。HIV/AIDSや性感染症の講演を何千回も行ってきましたが、伝わりにくさ、他人ごと意識の克服に少しは自分ごと意識になっている新型コロナウイルスの話を組み合わせることでより身近な問題と考えてくれるようになります。一方で、聞いている時は自分ごとでも、聞き終わるとその意識が元の世界に引き戻されるのは生徒さんの感想にある通りだと思います。しかし、あきらめることなく、感染症対策を伝え続けるしかありません。

●サル痘とは?
 医師である岩室紳也にとっても「サル痘」は初めて聞く感染症でした。しかし、HIV/AIDSに関わってきた経験から、サル痘を正確に理解するため、中学校の教科書に書かれている感染症を予防するための3原則、「①感染源をなくす」、「②感染経路を断つ」、「③体の抵抗力を高める」に沿って情報を整理するため、国立感染症研究所CDCのHPから情報を収集しました。

★サル痘ウイルス(感染源)はどこに
 自然界ではげっ歯類(ビーバー,リス,ハツカネズミ,ヤマアラシ等)が宿主。しかしウイルスを持っている可能性がある宿主や感染した人をすべて排除することはできません。

★サル痘の感染経路
 感染動物や感染者の血液・体液(飛沫、エアロゾルも?)・皮膚病変(発疹部位)と感染する人の皮膚(傷が明らかではない場合も侵入経路になり得る)、呼吸器、粘膜との接触。
 →動物に咬まれる(唾液が侵入)
 →濃厚接触者(国立感染症研究所の表現)から感染??????
 →体液や飛沫で感染するので、キスやあらゆる性行為はもちろんのこと、病変がある皮膚に触れる抱擁等の接触で感染
 →リネン類を介した医療従事者の感染報告あり

★サル痘の症状
 潜伏期間は5~21日(通常7~14日)。
 発熱、頭痛、リンパ節腫脹、筋肉痛などが1~5日続いた後に発疹が出現。

★ワクチンの対象者
 サル痘ウイルス曝露後4日以内に痘そうワクチンを接種すると感染予防効果が、曝露後4-14日で接種した場合は重症化予防効果があるが、潜伏期間を考慮すると発症者の治療ではなく、医療関係者や実際にその患者さんと感染リスクが高い行為をした人の予防法、治療法である。

★早期発見、早期診断の重要性
 サル痘患者の診断が明らかになった時点で、対応した、対応するすべての医療関係者にワクチンを接種することが必要です。そのため、何より早期発見、早期診断が重要となります。

○曖昧が生む「考えられない文化」
 サル痘の感染予防の基本は新型コロナウイルス対策として行ってきた飛沫、エアロゾル、接触(媒介物)感染対策に加え、HIV/AIDS対策で求められているコンドーム等による精液、膣分泌液等の体液の交換を予防するだけではなく、梅毒対策のように皮膚と皮膚の接触を避ける必要があります。しかし、サル痘に関する国立感染症研究所のHPには「濃厚接触者」といった曖昧な表現しか書かれていません(2022年5月29日時点)。
 これが日本の文化なので仕方がないと思いますが、2020年8月13日に岩室紳也がワイドショーで「新型コロナウイルスはキスで感染する」と発言するとスタジオが凍ってしまい、二度とその番組に呼ばれなくなりました。このような現状を考えると、ここに示した、サル痘対策として伝えなければならない特に性行為に関連する感染経路について、当分日本国民には伝えられないのではと考えています。
 曖昧な伝え方が得意な日本ですが、新型コロナウイルス対策で国やマスコミが行ってきた「3密を避ける」といった曖昧な、抽象的な啓発の結果、教育レベルが高いはずの日本人が、未だに飛沫は何メートル飛ぶかを知らず、国が屋外でマスクを外してもいいという条件を示してもマスクを外せない人が多いのが現状です。

●普及啓発の基本は対話
 サル痘は公衆衛生関係者のみならず、日本人に改めて感染症の普及啓発の基本とは何かを問いかけています。
感染症の普及啓発の基本は、小学生でも理解できる、科学的な視点での情報発信に加え、情報の受け手が正確に、自分ごととして理解し、実践できているか否かを、対話を通して、繰り返し確認し続けることです。対話を重ねていると、自ずと「この人はなぜこう考えるのか」や「自分の考え方に問題がありそうだ」と気づけます。しかし、対話ではなく、一方通行の押し付けばかりだと、結局のところ一人ひとりが考えることを放棄するようになります。
 いまこそ、感染症の啓発だけではなく、対話の必要性を含め、一人ひとりが上手に感染症と共に生きられるよう、「できる人が、できることを、できる時に、できるように」、自分の役割を考え続けたいと思います。