紳也特急 272号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『辻褄(つじつま)』~

●『生徒の感想』
○『辻褄とは』
●『エアロゾル感染を認めた国立感染症研究所?』
○『感染経路を決めるのは誰?』
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●生徒の感想
 コロナウイルスのお話では、私は今までマスクは絶対外してはいけない、会話しながら食事をしてはいけないと思っていたけれど、実際はそんなことはなく、しっかり対策をすればある程度は自由に生活できるのだと知ることができ、コロナ禍の生活は縛られてばかりだと感じていたので少し考え方が変わった気がしました。(高2女子)

 特に同性愛のことに関する誠実な話しぶりが印象に残りました。HIVが最初ゲイの人を中心に広まったことまで授業でふれても、それがなぜなのか、人間心理的、社会的、医学的な背景を伝えられることはありませんでした。感染の確率を高めたのはゲイであるということではなく、それに付属する合理的な理由ですし、コロナが飲食店で広まりやすかったのは、マスクをはずし、料理自体にウイルスが入ってしまうことが多かったことなどが大きな理由で、酒を飲む人たちが悪いとバッシングを受けるいわれもないはずです。リスクの一因にはなるでしょうが、因果関係を見極めること、人自体の否定に走らないことが今の日本の問題対処に欠けていると改めて感じました。(高2男子)

 「3密を避けろ」と言われ続け、当たり前のことなのに、「背中合わせで話せばOK」ということを考えてすらいませんでした。(中3男子)

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから2年以上経過してにもかかわらず、なぜ、この教育先進国でこのような感想が続くのでしょうか。そんなことを考えていた時に、私のFacebookの書き込みに次のコメントが寄せられました。

 他の数字、色んな数字と合わせて考えて、辻褄が合えば、それだけ信憑性も増す

 未知の感染症に対して、「これだけすれば大丈夫」といったことを提示できるはずがありません。だからこそ、公衆衛生の立場からこれまでも考え続けてきました。考え続けることで自分の考え方の間違いが、勘違いが、誤解が削ぎ落され、辻褄があっていくプロセスを重ね続けていました。これまで何となくうまく説明できなかったことがストンと腑に落ちたので、今月のテーマを「辻褄(つじつま)」としました。

辻褄(つじつま)

○辻褄とは
 広辞苑を調べると次のように書かれています。

 「辻褄」とは「(「辻」は道があい、「褄」は左右があうものであるからいう。また、辻も褄も裁縫用語という)あうべきところがあうはずの物事の道理。始めと終り。筋道。」

 「辻褄が合う」は「細かい点まで食い違いがなく、筋道が通る。前後が一貫する。「話の―」」

 「筋道」は「①物事の道理。条理。すじ。「話の―」 ②物事を行う順序・手続き。「―を立てて話す」」

●エアロゾル感染を認めた国立感染症研究所?
 2022年3月28日に国立感染症研究所がエアロゾル感染の存在を認めた
 https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/11053-covid19-78.html
 ということがニュースになりました。このニュースをセンセーショナルに取り上げるマスコミや専門家がいますが、私は次のように考えていました。国立感染症研究所は感染症の専門家集団のため、「どの感染経路が一番多いか」ということを考えていたため、エアロゾル感染のリスクは飛沫感染より低いから敢えて言うこともないと思っていた。ところがオミクロン株での感染の広がりから考えるとエアロゾル感染をリスクの一つとしてきちんと出しておく必要があるとの考えに至っただけ?
 一方で公衆衛生サイドとしては、どの感染経路が多いか否かではなく、考えられる感染経路に対して、できることは何かを伝えることを目指しています。感染症対策の難しさはこれだけやればいいということが言えないからこそ、この感染経路にはこの対策を、という辻褄合わせを丁寧に伝え続けているだけです。

○感染経路を決めるのは誰?
 エアロゾル感染もそうですが、感染経路についてまだわかっていないことが多々あるはずです。なぜなら、テレビに繰り返し出ていた某学会の前理事長も感染されました。その後、ニュースで「日頃から、マスクの着用の徹底や人との距離をとること、接触する時間を短くすること、それに換気の徹底といった感染対策を取っていたと言います」と紹介されていました。
 もちろん、取材した方が書いた原稿ですので、その先生の意図が、言いたいことが正確に表現されていなかった可能性は否定できません。しかし、せっかくご経験を語られるのであれば「ということは、これらの対策(マスクの着用、人との距離をとる、接触する時間を短くする、換気の徹底)に加えて、どのような予防策が考えられるのか、それともそもそも予防ができないのかを考えたいと思っています」といったコメントをしていただきたかったです。いろんな可能性を考え続けたいと思っていたら、私のFacebookに次のような書き込みがありました。

 食品の接触感染の報告は英語論文上、皆無です。感覚で語らないでください。

 私はいつも接触(媒介物)感染という表現を使うようにしていますが、それは単純な理由からです。新型コロナウイルスが人の細胞に入り込むのはACE2レセプターから。当初、これらは鼻、目、肺を含めた呼吸器に多いと言われていましたが、口腔内の舌にも分布していることが明らかになりました。( http://www.kdu.ac.jp/corporation/news/topics/20210415_pressrelease.html )すなわち、口の中に食品に付着した新型コロナウイルスが入れば、当然のことながら舌にも触れますので感染する可能性が考えられます。なぜ、手洗いは口や目に入れるものを触る直前でなければならないかはこのような説明で辻褄が合うと思いませんか。
 いずれにせよ、まだわかっていないことが多々ある一方で、できていないことも多いと考えています。

 ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって

 できる人が、できることを、できる時に、できるように

 これからも辻褄合わせを続けたいと思います。

紳也特急 271号

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~今月のテーマ『インフルエンザに学ぶコロナ対策』~

●『生徒の感想』
○『違いではなく類似点に着目を』
●『マスクをつけている方が感染?』
○『ワクチンをしたのに感染』
●『治療薬の意味は』
○『ワクチンが抑えた感染拡大』
●『インフルエンザが冬場に流行する理由』
○『感染拡大の収束方法』
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●生徒の感想
 一番印象に残っているのは「依存」「自立」「絆」の場面でした。僕も岩室先生のように依存や薬物は意思の弱いものなのだと思っていました。ですが「自立は依存先を増やすこと」というのを聞いて鳥肌が立つというか、ブワーと自分の中で沸き上がりました。自分の弟は、今非行少年というか不良のはんぱ物のような感じです。そんな弟は家族にも迷惑をかけています。自分が怒ろうとすると逃げ出して、手に負えない。自分はいっそのこと家を出て欲しいと思っていました。でも今回の話で孤立は薬物依存に手を出しかねないと聞いて、こんな弟にしたのは僕ら家族の責任なのかもしれないと思いました。(高1男子)

 2月末から3月にかけて学校で講演する機会が増えます。同じ話を繰り返しさせていただくことで、生徒さんは、先生方はどこに興味を持って聞いてくれているのかが、どこがスルーされているのかがよくわかります。45分しか話せない学校ではいろんなことを削らざるを得ないのですが、それで伝わっていないかと言えばそうではなく、むしろ他の学校で入れていた内容がちょっとくどかったと反省することも多々あります。
 ちょうど2年前の今日、3月1日、全国一斉に休校になり、卒業前の講演がすべてキャンセルされました。そこから2年、相変わらず新型コロナウイルスの感染拡大が繰り返されています。しかし、よく考えればインフルエンザも同じでした。新型コロナウイルスが収束せずにインフルエンザ同様、集団感染を繰り返し続けることが明らかになったからこそ、今月のテーマを「インフルエンザに学ぶコロナ対策」としました。

インフルエンザに学ぶコロナ対策

○違いではなく類似点に着目を
 新型コロナウイルスが流行し始めた頃から「インフルエンザに類似している」と言った話をすると、必ず後遺症が違う、死亡率が違う、など、同じように考えるのは間違いという指摘が繰り返されました。確かにいろんな点で異なっていることは事実ですが、感染経路は当初から同じでしたし、今では新型コロナウイルスのワクチンも使えるようになりました。まだインフルエンザの治療薬ほどではないにしても治療薬が複数手に入るようになってきました。このような状況になった今だからこそ、インフルエンザの経験に学びたいと思います。

●マスクをつけている方が感染?
 新型コロナウイルスが広がる前、ある中学校の養護教諭の方から「マスクをつけている生徒の方がインフルエンザに感染しているようですがなぜですか?」と聞かれました。マスクはあくまでも自分の飛沫を飛ばさないためです。もちろん感染している人にくしゃみを直接顔にかけられた時に口を開けていればマスクは有効かもしれませんが、マスクをしているからといってマスクをしている人の予防にはほぼならないことは当時から常識でした。
 新型コロナウイルスで認識が広まったエアロゾルも、マスクと顔の隙間から入りますのでやはりマスクの予防効果はあまり期待できません。結核の患者さんからうつらないための対策としての顔と皮膚の間の隙間をなくして装着するN95マスクですが、N95という基準が0.3?の粒子を95%通さないという意味で、結核菌は0.3?ですが、新型コロナウイルスは0.1?です。もちろんエアロゾルとして存在している時は水分をまとっていますので一定の捕捉効果は期待できますが、エアロゾルの水分が蒸発しウイルスが露出した飛沫核の状態になればウイルスがN95マスクを通り抜けます。
 インフルエンザの頃にマスクをしている人の方が感染したとすれば、インフルエンザウイルスが付着した指でマスクの表面を無意識の内に触り、それを吸い込んでいた可能性があります。

○ワクチンをしたのに感染
 インフルエンザワクチンを接種していたにもかかわらず感染した人は大勢います。その時、多くの人は「今年はワクチンの型が合わなかったのだ」と言っていました。もちろんそれもあるでしょうが、いま、新型コロナウイルスワクチンで盛んに言われてるワクチンを打っていても感染するブレイクスルー感染だった可能性もあります。もともとインフルエンザのワクチンも新型コロナウイルスのワクチン同様、感染しても重症化を予防するためのものです。だから、ワクチンを接種していても感染するということはインフルエンザの時から学んでいたはずですがその経験は生かされていません。

●治療薬の意味は
 インフルエンザの治療薬は進歩し、今はインフルエンザで発熱しても服薬で解熱する人が多くなっています。しかし、ワクチンも、治療薬もあるにもかかわらずインフルエンザで毎年3,000人前後の方がインフルエンザが原因で亡くなっていました。今後、さらにいい新型コロナウイルスの治療薬やワクチンが開発されたとしても、インフルエンザ同様、亡くなる方は一定数いることを覚悟して、ウイルスとの共存を考える必要があるようです。

○ワクチンが抑えた感染拡大
 2021年の10月から12月にかけては、さざ波のような、コロナの新規感染者がそれほど見つからない、まるで夏場のインフルエンザのような状況でした。理由として考えられるのが50歳以上で90%以上、12歳~49歳でも約80%とワクチン接種率が非常に高かったことです。いわゆる集団免疫を獲得したような状況でした。
 感染しても症状が出る人が少なく、結果的に捕捉される人が少なくなっただけではなく、感染しても排出するウイルス量が少ないため、次の人への感染拡大が抑えられたと考えられます。一方でオミクロン株の大流行が起きたのは、ウイルスの感染力の強さもさることながら、ワクチンの効果が約6か月しか持続しないにも関わらず、ワクチンの3回目の接種が遅れたことが原因と考えられます。

●インフルエンザが冬場に流行する理由
 インフルエンザは日本をはじめ、北半球ではお正月前後に急増し、春ごろには急速に減少し、夏場はほとんど確認されません。この状況は日本の新型コロナウイルスの2021年10月から12月のように集団免疫を獲得した可能性がないかという視点で考えてみました。
 エアロゾルの理解が広まるにつれ、乾燥した冬場はエアロゾルが低い湿度のため飛沫核化してウイルスがそのままさまよい続け、感染拡大が起こっている可能性が指摘されています。しかし、それならインフルエンザも、新型コロナウイルスでも満員電車でもっとクラスターが起きてもおかしくないのにそうはなっていません。何故でしょうか。
 感染に必要なウイルス量という視点で考えると、アカゲザルの実験で新型コロナウイルスに感染するには数千から数万個のウイルスを吸入する必要があるとされています。満員電車にウイルスを排出している人がいたことは間違いないのですが、多くの人が感染してクラスターになるほどの濃度のウイルスを排出していなかったのではないでしょうか。一方で少量のウイルスだと軽症で済んだり、免疫獲得だけで済んだりした可能性があるのではないでしょうか。ちなみに東南アジアでは年中、同じような割合でインフルエンザが確認されていますが、集団感染したり、集団免疫を獲得したりするような生活習慣や環境要因がないからかもしれません。
 日本でのインフルエンザワクチンの接種率は全体では1/3、子どもや高齢者では半数以上だそうですが、ワクチンだけで抑え込んだと考えるのには無理があります。となると、他の方法で免疫を確保したと推定されます。インフルエンザウイルスは新型コロナウイルスと比べて感染力が弱いため、忘年会、お正月、新年会、満員電車等で感染が拡大して感染が確認される人も増える一方で、エアロゾルや飛沫核として体内にウイルスを取り入れたものの、入り込むウイルス量が少なく、症状があまり強くでなかったり、免疫を獲得しただけだったりで、結果的に春ごろにワクチンを打っていない人を含めた集団免疫が確立されていた。そして、次の冬を迎える頃にはその集団免疫力が低下し次なる流行が起こっているのではないでしょうか。

○感染拡大の収束方法
 新型コロナウイルス対策として、免疫の獲得に寄与するワクチンは接種率を国民の80%以上にすると感染拡大を抑えられるようです。インフルエンザに学べばワクチンに加え、体内に取り入れるウイルス量を減らず感染予防策をそれなりに実行する人が増えれば、結果的に集団免疫の獲得につながります。集団免疫を獲得するため、80%を超えるワクチン接種率を今後6か月ごとに繰り返すことを目標にしつつ、ワクチンを受けない人も体内に取り入れるウイルス量を減らす感染経路対策をすることで、結果として免疫が獲得できるような出会いの機会、新年会、忘年会、歓送迎会を企画してはいかがでしょうか。
 もし、ワクチン接種率が低下する一方で、人との出会いが少ない状況を選択するのであれば、「第○波」という言葉をこれから何回も聞くことになるでしょう。そろそろこれまで蓄積された経験を共有したいものです。
 

紳也特急 270号

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~今月のテーマ『ゼロか百か』~

●『生徒の感想』
○『原因と結果という単純化』
●『「なぜ?」がないゼロか百か』
○『独り言はゼロか百かの発想』
●『対話はゼロから百までの連続性を確認しつつ、着地点を確認する手法』
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●生徒の感想
 自分は犯罪を犯すのは頭の狂った人だと思っていました。しかし、講演を聞いて「孤立している人」と聞き恐怖を覚えました。と同時に納得もしました。
 恐怖を覚えた理由として、自分はゼロではないが友達が少ない。そして自分のことをすべてさらけ出せる友達は二人しかいません。今まで困ったことがあったらお母さんに相談していました。しかし、高校生になって相談しにくくなりました。しかし悩みはずっとあるので、ストレスがどんどん溜まる一方でした。だから先生の言葉を聞いてとても納得しました。
 その後、ストレスがたまっていた自分はその二人の友達に相談し、こころが楽になりました。だからこれからは困りごとがあったら誰かに相談しようと思いました。(高1男子)

 最近、医師が犠牲になる、医師を目指している人が人を傷つけるといった事件が続いていますが、これらの事件の前に行った講演会の感想でした。
成績が伸び悩み、東京大学医学部に入れそうにないとして人に切りつけた高校生は、答えを、目標を求める現代社会の犠牲者ではないでしょうか。多くの人はそんな理由で他人を傷つけるのは許されないと断罪し、医者は「医学部なら他にもたくさんある」とか、「医者の世界では出た大学はその後の活動にそれほど影響しない」と正論を言うでしょう。私自身、酷似したケースの相談を受け、非常に根っこが深い問題だと思い知らされたことがありました。少なくとも今回の高校生にとっては「東大理Ⅲ」が百、唯一無二の目標であり、是だったのです。それ以外は彼にとってゼロであり非だったのです。そこで今月のテーマを「ゼロか百か」としました。

ゼロか百か

○原因と結果という単純化
 感染症対策が混乱するのもこのゼロか百かの発想が根付いているからではないでしょうか。感染したら0点、感染していなければ100点。だから感染するリスクを下げるリスクリダクションという話をしても、「いろいろやっても、結局感染したらおしまいでしょ」と言われます。
 先日、知人4人で中華料理を食べに行きました。直径1.5メートル強の、ターンテーブル付きの円卓に等間隔に座り、出てきた料理は菜箸を使い、料理はしゃべらずにすぐにとりわけ、会話も自分の飛沫を相手にかけないように心掛けるなどの感染対策を共有した上で会食をしていました。ところが、他のお客さんはお互いの料理に飛沫をかけあいながら会食していました。どのテーブルにも神奈川県が推し進めているマスク会食のチラシが置かれていました。
 もしわれわれのグループで同時に二人以上の感染が確認されたとしたら、お店の空気の流れが今一つ弱かったのでエアロゾル感染の可能性は否定できません。でもそれなら他のお客さんも全員感染していたでしょう。でも、「感染」という結果が出たら原因は「会食」という単純な判断になり「空気の流れを創出する指導がされていないこと」にはならないのが今の日本の現実です。

●「なぜ?」がないゼロか百か
 在宅診療を熱心に行っていた医師が銃で射殺された事件で、死後1日以上が経過した母親に心臓マッサージをするよう求め、蘇生はできないことを説明された後、銃を発砲したと報道されています。殺された先生やご家族、関係者の方々は無念以外の何物でもないでしょうし、理不尽この上ない事件です。しかし、犯人にとって、母親は生きていなければならない存在で、生きていれば百点、生きていない状況はゼロ点の状態だったのしょう。
 いやいや92歳で、先生たちは最大限のことをしてくださったので、これ以上長生きをするのが無理だったとほとんどの人は思うのでしょうが、そう思えるというのは「生」か「死」か、「ゼロ」か「百」かではなく、生から死に向かう中でそれこそ92歳という年齢や様々な病状を受け入れることができている人たちの発想です。
 最初の生徒さんの感想にあった「犯罪を犯すのは頭の狂った人だと思っていました」というのがまさしく社会の受け止め方ではないでしょうか。表現の是非はともかく、なぜ人の道から外れたことをしてしまったのかを考える必要がありますが、ゼロか百かの発想で言えば「ダメなものはダメ」で「なぜ?」がないまま話はおしまいです。

○独り言はゼロか百かの発想
 斎藤環先生がひきこもりと対話について、示唆に富む考え方を示してくださっていますがこの考え方は社会で起きている様々な事件を考える上で参考になります。

 思春期の問題の多くは対話、dialogueの不足や欠如からこじれていく。議論、説得、正論、叱咤激励は対話ではなく独り言、monologueである。独り言の積み重ねがしばしば事態をこじらせる。

 今回、事件を起こした犯人たちも孤立から他者との対話の中で現実を受容するプロセスを経験できなかったのではないでしょうか。斎藤環先生は対話の目的は対話を続けること。相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではないと指摘されています。しかし、これらの事件を聞くと、多くの人は犯人が間違っている。他者を傷つけてはいけない。こんな人間が医者にならなくてよかった。と、自分なりの結論を出しますし、ネット上での書き込みはまさしく自分が出した結論、独り言、monologueオンパレードです。
 もちろん悪いものは悪い、犯人たちはとんでもないことをしてしまったのでそれなりの制裁を受けるのですが、同じことが繰り返されないためにどうすればいいかを考えなければなりません。「そう言うならあんたが答えを、犯罪を予防する効果的な方策を示せ」とまたゼロか百かに逆戻りさせられてしまいます。

●対話はゼロから百までの連続性を確認しつつ、着地点を確認する手法
 孤立というと、物理的、あるいは心理的孤立がイメージされますが、対話が成立する相手がいない状態も立派な孤立です。先の高校生が友達に相談しこころが楽になったと言っていましたが、人は話すことで何かに気づき、次なるステップを踏み出せます。対話は今を生きるために必要不可欠なことです。
 新型コロナウイルス対策で一番難しいのが着地点をどこにするかです。感染者ゼロ、死亡者ゼロは無理だということは多くの国民が感じている今だからこそ、いろんな人が対話する中で、一人ひとりができることは何かを繰り返し確認し、一人ひとりが着地点を受け入れられているよう、対話を重ね続けたいものです。

1. ワクチンを打ちたい人はワクチンを打ち、3回目は少し遅くなったけど4回目以降はより適切な時期に行おう。

2. 飛沫感染予防のために2メートル離れよう

3. エアロゾルの排出抑制のため、2メートル離れていればマスクを外そう

4. 接触(媒介物)感染予防のために、タバコのフィルターを触る直前に指先の消毒を

5. 軽い熱ぐらいだと、水分補給で様子を見よう

6. 咳が出た時はすぐに医者に診てもらえるよう、自分が医療崩壊の原因にならないようにしたい

7.

8.

 自分ができそう、したいと思うようなことを7.以下に100、いや200ほど列挙して、一つずつ、いろんな人と対話をし続ければ、お互いができることが少しずつ増えていくはずです。一方で全部を完璧に実施するのは無理だと気づかされると、どこで妥協するか、妥協しても決してそれはあきらめやゼロの選択ではなく、結果として感染した人もそれまでやってきたからこそ今まで感染しなかったり、感染しても重症化しなかったりにつながったという納得、着地点に向かえるはずです。
 斎藤環先生は対話の際の基本姿勢は相手に対する肯定的な態度。肯定とは「そのままでいい」よりも、「あなたのことをもっと知りたい」とおっしゃっています。でも感染症対策でゼロか百かの姿勢の人は「あなたのこの考え方が間違っている」と切り捨てて終わり。難しいです。

紳也特急 269号

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~今月のテーマ『対話で気づく』~

●『生徒の感想』
○『対話で進んだ理解』
●『対話の中に大事なヒントが』
○『役割の解放こそが対話の基本』
●『対話で予防したいオミクロン株』
○『「感染力」と「重症化リスク」』
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●生徒の感想
 性に関して、なぜ自分は異性が好きなのか、と聞かれた時に私は少し考えました。でも、わかりませんでした。考えても考えても何で?が出てきました。でもそれがせいなのだということが今回認識できたというか、性に関して少しだけわかったような気がしました。(高1女子)

 講演を聴く前は性教育なんて遅すぎだろと思っていました。というのも個人差はあるとは思うけど、性に関する身体の変化が始まるのは多くの人は中学の頃だと思うから。今さら性教育とか、もうみんな悩み終わってるだろと考えていました。しかし、今回の講演を聴いて、保健の授業でいう性教育などの知識ではなく、どちらかというと道徳のような視点から性と向き合う考えや思いの授業なんだなと思いました。(高1男子)

 「愛しているならセックス、ではない」という言葉が印象に残っています。今までは人と付き合ったら必ずしなければいけないものというような感覚があって、少し抵抗を感じていました。でも好きとか、愛してるとか、を表現するのにセックスは必ずしも必要なものではないと思うと、純粋に恋愛を楽しめるような気がしてきました。(高1女子)

 アメリカのカリフォルニア州ではステルシング(stealthing)を違法にする法案を満場一致で可決されたそうです。ステルシングとは、性行為の最中にパートナーの同意なくコンドームを外す行為だそうです。この法律を日本でも定めて欲しいと思いました。(高1女子)

 私が成果が見えにくい公衆衛生の虜になった理由がほぼ毎回掲載させていただいている生徒さんたちの感想にありました。講演後にいただく感想はいつも新鮮な刺激を与えてくれます。ここが伝わったんだ。こう受け止めるんだ。自分一人では到底思いつかない発想、感想を書いてくれた一人ひとりとの対話を楽しんでいました。対話の延長線上に自分が公衆衛生活動の中で解決したいと考える次なる課題や解決に向けたヒントが次々と生まれていました。そこで今月のテーマを「対話で気づく」としました。

対話で気づく

○対話で進んだ理解
 最近、進学校で講演をする機会が増えているのですが、生徒さんが前のめりになって聞いてくれるのが岩室紳也が浪人中に物理と化学の偏差値を10以上上げた話です。高校時代、物理と化学の先生が苦手で、授業は聞かず、ひたすら教科書と参考書で勉強をし、自分で知識や正解を詰め込んでいたつもりでした。しかし、予備校では先生の授業はとにかく面白く、ひたすら聞きながら、自分の頭の中の知識と先生が話すストーリーとの対話を楽しんでいました。その結果、新しい知識が増えたというより、きちんと理解できていなかった知識が、ちょっと視点を変えるヒントをもらうことで整理され、より理解が深まり、成績が上がっただけのことでした。

●対話の中に大事なヒントが
 医者になって2年半しか経っていなかった時に診療所で住み込みを始めました。診療は何とか大きなミスをすることなくこなせるようにはなっていたものの、患者さん一人ひとりの背景を考える余裕もありませんでした。ところが、地元に住んでいる看護師さんや受け付けの事務の方が「あの人はお嫁さんとの関係が悪いから血圧が高い」といった背景をいろいろ教えてくださる中で、診察や投薬といった医療行為以外に、患者さんの話やご家族の愚痴を聞くことの大切さを学ばせてもらいました。
 もちろん医学教育の中で家族構成、患者の背景を把握することの重要性は教わりますが、実地で、何気ないやり取り、対話の中から患者さんにとって大事なことが何かを把握し、自分ができることは何かを汲み取り実践につなげるということを診療所時代に学んでいたんだと今更ながら気づかせてもらっています。

○役割の解放こそが対話の基本
 東日本大震災の直後からかかわらせていただいている岩手県陸前高田市で公衆衛生を実践する上で大事なポイントが「できる人が、できることを、できる時に、できるように」することでした。私は医者なのでよく「被災地では救護所での診療をしていたのですか」と聞かれました。しかし、災害時は医者だから、保健師だから、看護師だから、薬剤師だから、素人だからといった平時に掲げていた看板や専門性にとらわれることなく、一人ひとりができることは何かを考え、実践し続けることこそが大事でした。
 それができたのは、一緒に陸前高田の支援に入っていた佐々木亮平保健師、名古屋市から派遣の日髙橘子保健師、陸前高田市の職員の皆さん、さらには未来図会議の参加者の皆さんと、今思えばず~~~~っと対話をし続けたからでした。その対話の中で、一人ひとりが、自分たちはもちろんのこと、他の人たちを専門性で、役割で縛るのではなく、一人ひとりの役割を解放しながらそれぞれができることを考え、発言し、実践につなげる、対話する関係性を構築していました。そのような関係性が構築できた時、陸前高田市が公衆衛生、地域づくりの視点で一歩ずつ復興に向かっていると実感できました。

●対話で予防したいオミクロン株
 オミクロン株の感染者数はこれから加速度的に増えると考えられますが、災害級と言われる新型コロナウイルス禍でこそ対話が必要です。今、多くの人たちが持っている新型コロナウイルスに関する知識は決して大きく間違っているわけではありません。しかし、一つ一つの情報、知識が有機的に結合した状態で一人ひとりの行動に結びついていないと思うのは私だけでしょうか。
 「オミクロン株は感染力が強いが重症化リスクは低い」ということが繰り返し伝えられています。マスコミも専門家も「感染者数が増えれば重症者が増える」と言って、一見同じ問題のように伝えています。しかし、よく考えてみると「感染力」と「重症化リスク」はまったく別問題です。自分一人だとごちゃごちゃになってしまう視点を、他の人と対話をする中で整理して正しく対応できるようにすることが急務ではないでしょうか。

○「感染力」と「重症化リスク」
 アカゲザルの実験では新型コロナウイルスに感染するには数千から数万個のウイルスを吸入する必要があるとされています。感染力が強いということは、その数が数百でも感染する可能性があるということです。吸い込むウイルス量を減らすには浮遊しているウイルスの空気中の濃度を減らすための工夫が必要です。そのためにできることは実は無数。一例を挙げれば、体育館での講演では暖房で上昇気流をつくりながら、上部の窓に換気扇をつける、サーキュレーターで空気を拡散する、など。いろんな人が対話を重ねればいろんな工夫点が浮かび上がります。
 感染した人が重症化するか否かはその人の年齢、基礎疾患の有無、ワクチン接種の有無に加え、3回目接種が適切な時期に行われているかです。すなわち、重症化を予防するには基礎疾患がある人はそのコントロールをしつつ、できるだけ適切な時期に3回目接種ができるようにすることです。
 ところが、このような対話がないため、世の中の注目は「検査」に集中し、無症状感染者の大量掘り起こしが始まっています。検査はあくまでも感染していない可能性が高いことの証明でしかありません。だから陰性でも感染している可能性があるとして感染予防行動はしっかりとる必要があります。感染していても不織布マスクで飛沫感染は予防できます。しかし、不織布マスクをしていてもエアロゾルは多く排出していますのでエアロゾル感染、さらに乾燥している冬場だとエアロゾルの水分が蒸発し飛沫核が露出した空気(飛沫核)感染のリスクはつきまといます。で、どうする。対話をし続けるしかありません。

 改めまして、あけましておめでとうございます。
 今年を新型コロナウイルス対策対話元年にしたいと思います。
 本年もよろしくお願いします。

紳也特急 268号

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~今月のテーマ『医学は公衆衛生の中の一分野』~

●『生徒の感想』
○『健康な社会へ~公衆衛生』
●『推論の積み重ねが公衆衛生の役割』
○『ワクチンの効果が流行を隠蔽』
●『感染経路対策かワクチンかではない』
○『HPVでも感染経路対策とワクチンを分ける必要性』
●『HPVワクチン積極的勧奨再開に向けて』
○『感染経路を完全に断つという選択肢も』
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●生徒の感想
 講演を聞いて、思ったことは先生が思っていたよりも面白かったことです。講演だから先生の話はつまらなくて、長いから正直眠くなるんだろうなーと思っていたけれど、腹が痛くなるほど笑いました。個人的に一番笑ったのは年賀状の下り。しかし、面白いだけではなく、内容もしっかりとわかりやすく、結構強烈に頭の中に残っています。(内容は書きたくないけど)わかりやすく、いい講演だと思いました。(中学3年男子)

 岩室先生の決まり文句みたいなやつ。「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」がすごい印象に残っています。すべての根本なんだなと思いました。(中学3年女子)

 “I love you”のLOVEの意味が「愛してる」なじゃくて「大切、大事」っていう意味で、思ってたのと違ったけど、すごく素敵な意味でいいと思いました。(中学3年女子)

 講演を聞く前は思春期は親に反抗したりするイメージで、あまりよくはないものかと思っていました。だけど岩室先生の話を聞いて、思春期はその人の人格をつくるための大切な時期ということに気づけた。(中学3年男子)

 講師の先生の話し方は、おもしろくもわかりやすく、話の内容がすらすらと頭に入ってきた。母や健康体で私を生んでくれたが、エイズに感染し、不安の中で子を産む母も世の中にはいるんだ、と実感すると同時に、母に感謝したいという気持ちも浮かんだ。(中学3年女子)。

 対面の講演が増え、生徒さんの生の感想をいただくと元気が出ます。一方でマスコミの報道を見ていると相変わらず「オミクロン株」、「ワクチン接種率が日本より高い韓国で感染拡大」といった脅しばかりです。その一方で、なぜ、今の日本でこれだけ感染拡大が収まっているのかのコメントが専門家たちから出てきません。そんなことを思っていたら、Facebookでのやり取りで、神奈川県の保健所の元同僚、元厚生労働省の医系技官、現在精神科開業医の原田久さんが、星旦二先生の言葉を教えてくださいました。「医学は公衆衛生の中の一分野」。ガッテンでした。その言葉を今月のテーマにしました。

医学は公衆衛生の中の一分野

○健康な社会へ~公衆衛生
 共同通信社の依頼で「健康な社会へ~公衆衛生」というテーマで連載を書かせていただき、現時点で徳島新聞、下野新聞、秋田魁新聞、千葉日報が掲載してくれています。正直なところ、医学生時代、公衆衛生の授業は苦手でしたし、将来、公衆衛生の虜になるなんて思ってもいませんでした。それは自分で勝手に公衆衛生を医学の中の一分野と決めつけ、「公衆衛生医」と「泌尿器科医」を天秤にかけていたからでした。しかし、20回の連載を書かせていただく中で、自分が取り組んできた様々な課題は、実は多くの人が手をつけたがらない分野だったことに気づかされました。
 HIV/AIDSの普及啓発活動も診療も、子どもの包茎の手術は不要だということも、PSA検診が過剰治療を生んでいることへの警鐘も、新型コロナウイルスの感染経路対策が浸透していないこともしかりです。裏を返せば、それらに手をつけると奥があまりにも深く、対応も決して簡単なことではありません。さらに様々な批判に立ち向かわなければならない割には、多面的な取り組みをしても成果が見えにくいことばかりだったからでした。実はこのような活動の積み重ねこそが公衆衛生という分野でした。

●推論の積み重ねが公衆衛生の役割
 いま、日本で新型コロナウイルスの感染者数は低いレベルで推移しています。なぜでしょうか。新型コロナウイルスがキスでうつることや、不織布マスクをつけていてもエアロゾル感染予防にはならないことなどが伝わっていなくてもこれだけ抑えられているのは一にも二にもワクチンの効果です。でも、こういうと「ワクチンが効いているというエビデンスは?」と言ってくる人が多いのも事実です。しかし、ワクチンが行き渡らなかった時は感染拡大が繰り返され、第5波に至っては膨大な数の人が感染しました。ところが第4波までと異なり、ワクチン接種率が70%を超えた今、その後増えていない理由として考えられるのが「ワクチン効果」だけです。
 新型コロナウイルスのまん延と同時期に全世代の女性の自殺が増えたことの因果関係を証明することはできません。それでも自殺対策という視点でできることは何かを考え続け、断定的なことは言えなくても、推論されることを、できることを探し、伝え続けることこそが公衆衛生の役割です。

○ワクチンの効果が流行を隠蔽
 ワクチンの効果の基本は重症化予防ですが、重症者、死亡者が減るだけではなく、発症したはずの人が発症せず、無症状のため検査を受けず捕捉されません。さらにワクチンを受けていなければ感染後に大量のウイルスを排出していたはずが、排出するウイルス量が減るため、もらった人も感染しない、あるいは無症状、軽症で済み、やはり捕捉されない。すなわちワクチンで実際の流行を見えなくしてしまっているとも言えます。
 最近、感染が判明している人の中の60歳以上の割合が増え続けており、ワクチンの効果は6か月ぐらいでかなり低下し、3回目の追加接種が必要と考えられます。このままだと未来永劫、年2回接種になりそうです。このように、入手できるデータで、課題と考えられることを検証し伝え続けるのも公衆衛生の役割です。

●感染経路対策かワクチンかではない
 HPVワクチンの積極的勧奨が副反応への懸念から2013年6月から中止されていましたが、2021年11月に積極的勧奨を正式に再開することになりました。しかし、副反応の可能性があることがどのようなことで、どのような頻度で起こったかという事実は広く公開されているとは言えません。
同じ積極的勧奨の対象だった新型コロナウイルスワクチンの場合、因果関係はわかっていないものの、2021年11月28日現在、ワクチン接種者99,653,851人中1,325人の方が、すなわち75,210人に1人が接種後に亡くなられていることが厚生労働省のHPに継続的にアップされています。
 感染症を予防するには「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を念頭に感染経路対策を行いつつ、体内に入った時の対策としてワクチン接種という選択肢を行使するか否かを個々人が判断することが求められています。しかし、新型コロナウイルス対策では感染経路対策は「3密」といった感染機会のメッセージが主になり、結果的に第4波まで感染の拡大と収束が繰り返されました。このように書いているからなのか、「岩室先生はワクチンに賛成ですか、反対ですか」という質問を繰り返し受けまた。さらに私がワクチンを打ったと知ると、「感染経路対策を推進しているのにワクチンを打つのですか」といった批判をする人までいました。感染経路対策とワクチン接種はまったく別の対策であって、どちらかを選択すればもう一つはしなくてもいいというものではありません。しかし、日本人は二者択一が好きなのか、感染経路対策とワクチンを分けて考えられないことが明らかになったと言えます。これもまた公衆衛生が対象にすべき課題と言えます。

○HPVでも感染経路対策とワクチンを分ける必要性
 先日開催された日本性感染症学会でHPVワクチンの積極的勧奨再開を報告されている医師とのやり取りで新型コロナウイルスワクチンと同じ懸念が生まれました。公衆衛生の役割はHPVワクチンに賛成するとか、反対するといった立場を表明することではありません。全世界で接種が行われ、日本の政府も承認し、今後は積極的勧奨を再開するHPVワクチンを含めて、いま、どのような情報提供が必要かということを考え、伝え続けるだけです。
 WHOのHPにはワクチン以外に
 ・健康教育とタバコのリスクの強調
 ・年齢や文化に応じた性教育
 ・性的に活発な人へのコンドーム教育
 ・男性の割礼
 が出ています。個人的に面白いと思ったのが男性の割礼です。
 WHOは男性の割礼をHIV感染予防対策としても推奨しています。これは包茎の人が包皮内を清潔に保てないと、HIV感染のリスクが高まるという理屈からでした。今回、HPV感染予防でも同じことを言っているということは、男性の亀頭部を清潔にすることがHPV感染予防上重要なことだとWHOも認めているということです。岩室が繰り返し強調していた女性の子宮頸部へのHPV感染予防のために亀頭部のごしごし洗いが大切だと言っていることをWHOも承認してくれたと考えています。ここで「エビデンス」と言わないでください。なぜならそのようなエビデンスを出すような非人道的実証実験などできるわけがありません。

●HPVワクチンの積極的勧奨再開に向けて
 新型コロナウイルスワクチンを接種してもブレイクスルー感染は起きますし、接種した人が亡くなることもありますので、やはり感染経路対策をしっかり学習し、ワクチンを打っても感染経路対策を実践できるようになっていることを目指すのが公衆衛生です。
 HPVはセックスで感染するので、HPVの感染経路がつながるセックスをする前に3回の接種を完了していればいいのです。多くの人がセックスをしていない高1までにすればいいという発想はあまりにも上から目線で、個人が考え選択することを放棄させています。HPVワクチンの効果が10年程度という話もあります。さらに、9価ワクチンは今のところ公費負担の対象になっていませんし、ワクチンを打ってもやはりHPVに感染することを少しでも予防することが求められています。
 ワクチンのメリット、デメリットを強調する方もいますが、ワクチンはあくまでもウイルスに暴露された場合の対策です。その効果を否定するつもりもありませんが、そもそもウイルスに暴露されないようにすることと、暴露されるリスクがない人は慌ててワクチンを打つ必要がないということを申し上げているだけです。しかし、先の日本性感染症学会では積極的勧奨が開始されたら、4価ワクチンであってもすぐに打つべきと言っていましたが、そのような発想の医師がいることを伝えることもまた公衆衛生の役割です。9価ワクチンが使用できるようになるまでセックスをしないという選択肢をがん予防教育として高校で行うことも公衆衛生の役割と考え、私自身、講演を依頼されたところで実践し続けています。

●感染経路を完全に断つという選択肢も
 ワクチンは確かに進化した医学の恩恵です。一方で新型コロナウイルス対策を見れば、中学校の教科書に書かれている、わかりやすい、かつ的確な感染経路対策を伝えられる医師がマスコミに登場していないのも事実です。だからこそ、そのことを学校の先生方に気づいてもらい、生徒さんたちに伝えていただけるよう、これからも働きかけ続けています。
 新型コロナウイルスワクチン接種とその後の死亡例に因果関係があるか否かはともかく、新型コロナウイルスに感染して亡くなられる方が減り、社会の経済活動が動き始めているのは事実です。HPVワクチン接種とその後の副反応に因果関係があったとしても、子宮頸がんに罹患するリスクが減ることは間違いありません。確かにその選択を個人レベルですることは辛いことですが、一人ひとりが考え、判断し、受け入れ続けなければならないのが健康づくり、不健康づくりです。だからこそ、専門家を交えたリスクコミュニケーションが求められていますが、まだまだ道半ばです。
 ま、新型コロナウイルスに感染したくなければ一生誰にも会わない、子宮頸がんになりたくなければ一生セックスをしないという絶対、かつ確実な選択肢もあります。医学はいろんな事実を示してくれていますが、最後に選ぶのは一人ひとりです。でも、一人で悩むのはあまりにも辛いことなので、「信頼、つながり、お互い様」という視点で健康づくりを進めている公衆衛生関係者と共に考え続けられる社会を構築し続けたいですね。

紳也特急 267号

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~今月のテーマ『言える人が、言えることを、言い続ける大切さ』~

●『生徒の感想』
○『ホームページがダウン』
●『ネット業界も医療業界も同じ?』
○『どん底で思ったこと』
●『臨床と公衆衛生の二刀流』
〇『救ってくれた伴走者』
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●生徒の感想
 コロナの予防は自分では完璧だと思っていても、意外な場所に落とし穴があるのだと思いました。(高校2年女子)

 今日の講演を聞いて、私は今の時代の人は恥ずかしいとか、そういう理由で性のことを友人たちと話をする機会が昔よりも減っているということがわかりました。(高校2年女子)

 今回の講演を聞いてもう少し素直になってみようかなと思いました。性別関係なく、コミュニケーションをとっていけばしっかり人間関係は作られていくし、辛い時、お互い支え合えると思うのでもっと人脈を増やしたいです。(高校2年男子)

 高校2年生17才になって2022年4月には成人年齢が18歳に引き下げられることもあり、自分も「大人」側になるのもそう遠くはないです。今回の講演で「大人」になることの本当の意味が少しわかった気がしました。(高校2年女子)

 人は一人では生きられないというのが心に刺さりました。(高校2年女子)

 学校では友人とお互いに興味を持ち合い関われているが、教習所などの知り合いがいない場所で活動をするときは居場所がないと感じ、スマホに依存してしまう。(大学2年女子)

 1人でいることが苦手だった私は、仲の良い友人が知らない友人と話しているとき、輪に入ろうと必死に話を合わせていた。周りから見れば仲が良い人たちであったが、実際は、私は知らない友人とは価値観が合わず、話を合わせることが非常にストレスになり、体調を崩すほどになってしまった。気づいた時には離れていればよかったと後悔したが、すでに遅かった。自分のつながり・絆・居場所を求めるばかり、自分のこころの優先順位が低くなり、価値観が揺らいでしまった結果である。(大学1年女子)

 こうやっていろんな感想をいただくと、講演をやっていてよかったと思えますし、続ける力だけではなく生きる力ももらいます。ところが講演活動に支障が出るアクシデントがありました。これまでの紳也’sホームページ(http://iwamuro.jp/)が突然ダウン。講演依頼も相談も受け付けられない状況になり、「これからどうしよう」と考えてしまいました。
 そんな中、66歳になった自分だからこそできる、しなければならないことがあることに気づかされました。そこで今月のテーマを、「言える人が、言えることを、言い続ける大切さ」としました。

言える人が、言えることを、言い続ける大切さ

〇ホームページがダウン
 2021年10月5日に新型コロナウイルス感染のデータをアップしようとHPにアクセスしたら「データベース接続確立エラー」の表示が。慌ててNiftyのサーバーを見ると次の掲示が(抜粋)。

++++++++++++++++++++++++++++++
平素は@niftyホームページサービスをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
2021年9月末(実終了対応は2021年10月4日)をもちましてMySQL5.5の提供を終了いたしました。終了に伴いご利用できない等のお問い合わせをいただきましたため、ご確認いただきたい点についてご案内いたします。お手数をおかけしますが、管理ページの「データベースの設定」から新たなデータベースの作成をお願いいたします。
++++++++++++++++++++++++++++++

 慌ててサポートセンターに連絡しても「事前に通知していた」「切り替え作業をしなかったあなたが悪い」と門前払い。長年、独学でHPを作ってきたのですが、正直なところ「MySQL」と言われても何のことかわからず、また事前にインフォメーションがあったとのことでしたが、「WordPressを使ってホームページを作っている人は注意してください」と言った丁寧な説明がなかったので、そのインフォメーションを見落としていたようでした。

●ネット業界も医療業界も同じ?
 仕方がないのでいろんな伝手を頼って相談をしましたが、親身に相談に乗っていただき、ホームページの移管の手順があること等はいろいろ勉強になったものの、「最終的には100万円以上かかるでしょうし、それでも復旧できるという保証はありません」と言われてしまいました。インターネット業界は、「依頼者の囲い込み」には熱心ですが、「自分でやる人は自己責任でやりなさい」ですし、他者のトラブルの予防に対しては全く関心がない世界だと感じました。
 医療業界も実は同じだと反省。医者は自分が対応できる範囲については患者になって欲しいので丁寧に対応しますが、自分が対応できない、あるいは対応したくない病気については「専門外ですから」と患者さんを突き放します。先日もHIVに感染した人が紹介されてきましたが、相変わらず診療してくれる医療機関が増えません。今回、このような患者さんの気持ちになるとともに、「これからどうしよう」「復旧に時間をかければかけるほど人とのつながりが途切れる」「お金をかけてもHPにアップしていたものは回復しない」「バックアップを取っていなかった自己責任」といろんな思いが交錯し、久しぶりにどん底気分を味わっていました。

〇どん底で思ったこと
 66歳と言えば定年を過ぎ、引退をしてもおかしくない年齢です。この際、スパッといろんなものを切ってしまうということも考えましたが、悶々としていた自分を救ってくれたのが共同通信社の記者している高校時代、同じ寮で生活していた友人でした。「公衆衛生」に関する20回の連載の依頼を受け、一気に書き上げる中で気づかされたのが、自分にしか言えないことがあるということでした。
 先日もある保健所長が「新型コロナウイルス対策で首長がわかってもいないのにトップダウンで逆効果の命令を出して困る」と訴えていました。確かに組織にいるとなかなか思ったことを正直に言えないものです。しかし、それなりの経験を積み、もはや組織からの排除を恐れなくてもいい私であれば、忖度することなく発言ができます。言える人が、言えることを、言い続ける大切さを再確認させていただきました。

●臨床と公衆衛生の二刀流
 今回の新型コロナウイルス対策はもちろんのこと、岩室紳也がこれまで取り組んできたHIV/AIDSも、子どもの包茎も、前立腺がん検診も、本当に住民、患者一人ひとりに必要な情報が伝わっていない故の混乱と犠牲が繰り返されています。ところが、その混乱に気が付いていない専門家や医者が数多くいます(苦笑)。
 臨床、すなわち患者の治療に携わっている医者は、先達によって方法論が確立され、かついろんなレベルで承認された治療法の技術的サービス提供者です。だからこそ誤診や間違った治療をしないための勉強は欠かさず重ね続ける必要がありますが、実は勉強する材料はいろんな人たちによって事前に山ほど用意されています。私がHIV/AIDSや泌尿器科の診療をする際にもやはり日々勉強です。
 一方で公衆衛生や予防対策は実は簡単ではなく、数多あるリスクを一つずつ減らしていく取り組みの集合体です。予防と聞くと、かつての私を含め多くの人は簡単なことだと思うようです。しかし、簡単ではないことは今回の新型コロナウイルスの状況を見れば一目瞭然です。予防の奥深さを理解できていない医者が多い中、これからも医師頭の人たちを相手に、市民が理解でき、かつ実践し続けられる情報伝達の大切さを伝え続けたいと思っています。臨床と公衆衛生の二刀流を実践し続けている岩室紳也だからこそそのことを言い続ける役割があることに気づかされました。

〇救ってくれた伴走者
 結局、人とつながっていることが楽しいし生きがいなので、お金云々ではなく、つながる場面を作る手段となっているHPが必要不可欠という結論に至りました。で、HPはどうなったのか。インターネットの専門家で、AIDS文化フォーラム in 横浜の運営委員でフォーラムのHP持ち上げてくださった宮崎豊久さんに状況を相談したところ、レンタルサーバーを使えば、セキュリティの高いサイトを簡単に作れることを教えてもらいました。前からセキュリティの高いサイト(https)に移行したいと思っていたのですが、大会社であるはずのNiftyの対応は遅く、やきもきしていました。もっと早く宮崎さんに相談して教えてもらえばよかった、というのは後知恵。
 さらに全部ではないですが、今では直接アクセスできない旧HPが何とネット上で見られるサイトの存在を教えてもらいました。そこからコピペを繰り返すことでかなりの情報を復旧させることに成功しました。
ということで、このメルマガに間に合うように何とか1か月以内に、独自ドメインを移管し、https化も果たしたiwamuro.jpでこのメルマガを配信することができました。すごいことですよね。
 ますます自己責任社会になってきたなと思う一方で、つながりのありがたさを実感させられた1か月でした。宮崎さんをはじめ、直接、間接的に支えてくださった方々、ありがとうございました。

紳也特急 266号

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~今月のテーマ『なぜ、今回も収束したかを考える』~

●『生徒の感想』
○『感染は感染経路がつながった範囲にしか広がらない』
●『感染経路がつながる人たちとは』
○『飲食やお酒で広がる要因』
●『感染が収束に向かう理由』
○『感染経路がつながる人たちを減らすには』
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●『生徒の感想』
 先生のお話をお聞きするのは2回目でが、やっぱり生徒思いの方で、自分たちの将来に関する重要なことを改めて確認できました。コロナの感染に関しても、エイズの感染に関してもやってはいけないことをしっかり理解して無駄な努力をしないようにしたいと思いました。先生から聞いた通り、AVは5人以上で見ることを心掛け、また、そのような仲の友達(そうしたことについても相談できる友達)を持っておくことが大切だなと思いました。(高校2年男子)

 物事の表面ではなく、本質を追い求める達観さには、感銘しました。(高校2年女子)

 今日の講演を聞いて岩室先生の「ルールに従うだけではなく、自分で考えて行動する」という考え方に感銘を受けました。(高校2年女子)

 自分で考える機会が今までなかったことなのでとても新鮮でした。考えるときに「こういう現象がある」と捉えるのではなく、「自分にこういうことが起きたら・・・」と主体的に考えられるようになりたいです。(高校2年女子)

 日頃の生活を見直し、感染リスクや感染経路について改めてよく考えてみることは単純なことですが、とても難しいことです。しかし、誤った方法から意味のない感染予防をするより、全然効果があると思います。この講演で得られた知識や情報を無駄にしないためにも、改めて感染症についてよく考えて生活していきたいです。(高校2年女子)

 感染対策は、漠然とした情報にただ従うだけでなく、自分でよく意味を考えて本当に理解して行動することが大切だと思った。ただ、マスクをするだけでなく、外し方や置き方などとても勉強になった。(高校2年女子)
 
 考えることの大切さが伝わったのはありがたいことでした。一方で発信している情報の一部分だけを切り取り、考え方ではなく言ったこと、文字にしたことの一部にだけ反応され、「違う」「間違っている」と指摘する方が少なくありません。正解や答えを求める人の心理としては理解できますが、もしその方の指摘が当たっているとすれば、私にとって大事なことは、「なぜ違ったのか」「なぜ間違ったのか」を考えることです。
 今回、自分の中でああでもない、こうでもない、と考えを巡らせている課程、プロセスを伝えることに挑戦してみたくなりました。このメルマガが発行される日に全国のいろんなところに発出されていた緊急事態宣言、まん延防止等重点措置が一斉に解除されます。そこで今回のテーマを「なぜ、今回も収束したかを考える」とし、岩室の思考回路をプロセス別に紹介することとしました。

『なぜ、今回も収束したかを考える』

○『感染は感染経路がつながった範囲にしか広がらない』
 新型コロナウイルスの感染が2021年の6月半ばから急上昇した第5波では、感染者数が最大25,867人になりました。これだけ感染力があるウイルスの場合、感染経路がつながっている集団に入り込むと感染は加速度的に広がります。一方で感染症というのは感染経路がつながらなかった人には広がりません。何、当たり前のことを言っているのと思った人も多いと思います。でも、当たり前のことですが、感染は感染経路がつながった範囲にしか広がらないのです。
 
●『感染経路がつながる人たちとは』
 感染経路がつながる人たちというのを感染経路別に見ると次のようになります。何をいまさらと言われそうですが、それを考え続けなかったからこれだけ広がったのではないでしょうか。
 
・飛沫感染では、感染している人でマスクをしていない人が出した飛沫を自分の目、鼻、口に入れる人。
・エアロゾル・飛沫核(空気)感染では、感染している人が排出し、空気中を漂っているエアロゾル・飛沫核を自分の目、鼻、口に入れる人。
・接触(媒介物)感染では、感染している人が排出した飛沫等が付着した食べ物を口に入れたり、飛沫等が付着した素手等でポテトフライをつかんで口に入れたりする人。
・唾液感染では感染している人の唾液を直接、間接的に自分の口に入れる人。
 
 流行語大賞になりそうな「人流」の中であっても、マスクをしていれば飛沫感染という感染経路はつながりません。エアロゾル・飛沫核(空気)感染はつながる可能性がありますが、もしそれで感染がひろがるとすれば、人流の拡大が続いている今、第5波が収束するはずがありません。ということは少なくとも『人流の中ではエアロゾル・飛沫核(空気)感染のリスクは軽微』ということになります。軽微と言ったのは、感染した人はウイルス量が少なかったため、発症せずに把握されなかった可能性が考えられるからです。

○『飲食やお酒で広がる要因』
 感染拡大の要因の一つが飲食、しかも酒類を提供している場所が問題だと繰り返し言われています。飲食時の感染の原因は飛沫感染(一部エアロゾル・飛沫核(空気)感染)だと言い切る方がいますが、その方々はぜひ東京都のお店の認証チェックシートにクレームをつけていただければと思います。
 「料理は大皿を避け個々に提供する、従業員等が取り分ける等の工夫を行っている」という項目があります。料理を介した接触(媒介物)感染を想定してのことです。飛沫感染しかないのであれば東京都のこのチェックシートは問題ですよね。一方で、料理に飛沫を、ウイルスを付着させないことが重要ならば、感染している調理人やサービスをしている人の飛沫が料理に付着しないよう、マスクは不織布とすべきですが、そうなっていません。ちぐはぐになるのは、感染経路をつなげて考えることって結構面倒なことだからのよ
うです。

●『感染が収束に向かう理由』
 第5波は急増後にほぼ同じパターンで急減しました。第5波ではデルタ株が脅しのように使われ、すれ違っただけで感染すると言われ続けたのですが、第5波の終わりの頃、ほとんどのウイルスがこのデルタ株に置き換わっていたのに感染がどんどん収束していきました。何故でしょうか。
 繰り返しになりますが、これだけ感染力があるウイルスの場合、ある集団にウイルスが入り込むと加速度的に感染が広がります。しかし、感染経路がつながる人の数が限られていると、その集団の中の感染していない人が加速度的に減るため、増えたスピードで収束していくのではないでしょうか。
 第1波以降、日本人は緊急事態宣言やまん延防止等重点措置を受け、自主的に自粛を繰り返し、感染経路がつながる人の数を限定してきました。ところが、第5波では感染経路がつながる人たちの輪、集団が大きくなっていたため、これまでにない大きな波になりました。しかし、やはりここでも感染経路がつながっている人たちが限定されていたため急速に収束に向かっただけではないでしょうか。

○『感染経路がつながる人たちを減らすには』
 多くの専門家は、「第6波は必ず来る」としか言いません。感染の拡大と収束の要因が、感染経路がつながっている人たちの集団、輪の大きさに起因すると考えればいいのではないでしょうか。第5波のように感染する人が増えれば、一定割合で重症になる方がおられ、医療はひっ迫します。
 では、感染経路がつながる人を減らすにはどうすればいいのでしょうか。ワクチンは重症化予防には一定の役割が明らかになっていますが、ブレイクスルー感染でも明らかなように、感染経路を遮断する効果はそれほど期待できません。これまでのように、酒類の提供を停止したり、イベントを制限したりするなど、感染機会を遮断する方向はこれ以上とれません。だからこそ、いまさらですが、感染経路がつながる集団を小さくするため、感染経路を断つためにできることを考え、実践し続けるしかありません。面倒でも考え続けましょう。

紳也特急 265号

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~今月のテーマ『ストレス解消はマスクなしのリアルな会話から』~

●『生徒の感想』
○『AIDS文化フォーラム in 横浜での感染対策』
●『AIDS文化フォーラム in 横浜での気づき』
○『オンライン顔・カメラ顔』
●『マスクなしのリアルな会話を』
…………………………………………………………………………………………
●生徒の感想
 今回の講演でコロナウイルスに関して話してくださり、テレビで話す専門家や政府関係者よりも納得のできる話でした。(高校2年女子)

 感染症の「どこから、どこへ、どうやって」の正しい知識は、私たちにとって一番欲しい情報だったと思います。(高校2年女子)

 「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」という言葉は国の偉い人とかにも聞いてもらいたいくらいのいい言葉です。(高校2年男子)

 僕はなぜ、どうしてそうなるのか、感染するのかを考えずに、マスクは義務なんだとか勝手に思い込んでいました。先生の講演を聞いて、訳も分からずに周りがやっているから、流れに身を任せるのは危険なんだと感じました。(高校2年男子)

 私は早くマスクをせず、高校生活を楽しみたいです。まだマスク越しでしか顔を知らない子さえいます。将来マスクなしで出かけることができたとしても同級生の顔が分からなければただの他人として判断してしまうでしょう。だから、マスクをせずに高校生活を楽しみたいです。(高校2年女子)

 コロナはとりあえずマスクして、消毒すれば大丈夫ということではなくて、消毒のタイミングを考えたり、むだにマスクの表面をさわるなら条件によってはマスクをしない方がよい時もあるのだと思いました。特に小さい子はいろんなところを触ったりするので、マスクがかえって危険になることもあるんだと知ることができました(高校2年女子)

 今のこのコロナの状況でマスクは絶対必要で、ウイルスを取り込まないようにしてくれる一番のアイテムだと思っていました。けれど、マスクを着けていることでたくさん空気を吸い込もうとするため、その分吐く息も多くなるから鏡が曇るというのを聞いてなるほどと思いました。ある程度の距離があるのならマスクを外した方がいいということが分かったのでこれからの生活に生かしていきたいと思います。(高校2年女子)

 夏休み前に高校2年生に話した時の感想です。いろんなことを考えてくれていて、うれしかったです。講演後も保健室でも1時間以上いろんな質問がありました。Facebookで紹介しましたが、中学生の時に私の話を聞いた生徒さんが、仲間3人に呼びかけて作ってくれた「コ」「ン」「ド」「ー」「ム」と書かれたプラカードを講演中に掲げてくれ、それを持って一緒に写真撮影もさせていただきました。世の中には「正解」を求めている人が多いと思っていましたが、少なくともこの学校の生徒さんたちは「考えるための情報」を求めていました。

 岩室紳也自身も考えるための情報と機会を常に求めていますが、コロナ禍で仕事が減り、行きつけの飲み屋さんにも行けず、いろんな人に会えない状況が続くと考えるための情報もいただけず、本当にストレスフルな毎日です。しかし、8月上旬に開催されたAIDS文化フォーラム in 横浜でいろんな人とマスクなしのリアルで話す中で、考えるための情報をいただけただけではなく、大いにストレス解消をさせていただきました。そこで今月のテーマを「ストレス解消はマスクなしのリアルな会話から」としました。

『ストレス解消はマスクなしのリアルな会話から』

○AIDS文化フォーラム in 横浜での感染対策
 今年のAIDS文化フォーラム in 横浜は昨年に引き続きオンラインでの開催となってしまいました。いつものかながわ県民センターが耐震工事のため、あーすぷらざという音楽の生演奏もできる会場をお借りすることになっていました。そこでのハイブリッド開催を目指し、千葉ダルクの方々による琉球太鼓の演奏と、映画「プリズンサークル」の上映ができるのを楽しみにしていたのですが、緊急事態宣言の発出でオンライン開催となってしまいました。
 とはいえ、配信会場では感染予防策を徹底し、登壇者がリアルで、対面しながらマスクなしでトークを展開するプログラムを実現することができました。飛沫感染対策として配信スタッフとは2m以上の距離をとり、登壇者間はアクリル板による飛沫飛散防止。エアロゾルと飛沫核(空気)感染対策として登壇者の背後から排気口に向けた空気の流れの創出による積極的な排気、飛沫核、空気の追い出し。接触(媒介物)感染対策として入退室時の手指のアルコール消毒と室内飲水は用意したペットボトルとし、配信会場内で登壇者やスタッフが感染するリスクを最小限にする対策を徹底しました。

●AIDS文化フォーラム in 横浜での気づき
 私が登壇したプログラムはすべて他の登壇者とのトーク形式でしたが、マスクなしのリアルでの対面トークとオンライントークの違いについて大きな気づきをいただきました。トークの場面は次の4つのパターンでした。

 岩室を含む登壇者全員が同じ配信会場でトーク。
 岩室を含む登壇者3人が配信会場から、1人がオンラインで参加。
 岩室が配信会場から、他の4人の登壇者全員がオンラインで参加。
 岩室が配信会場から、もう1人はオンラインで参加。

 いろんな人と対面で話す機会が減る中、登壇者全員が同じ会場でトークをしたプログラムは参加していて非常に充実感を感じるとともに、楽しさが抜きんでていました。もちろん、登壇する前はお互いにマスクをつけて挨拶をしたり、下打ち合わせをしたりしたのですが、マスクを外して、お互いの表情が見える状態でトークが始まるや否や、それぞれの気持ちがはじけたようにトークが展開されていました。初対面の人もいる中、だからこそ一人ひとりの表情や体全体で表している思いを感じながら、ごく自然な形で他の人の話に途中から入ったりすることもできました。というか、一人ひとりが本来はそのような関り方をしていたんだということを思い出しては楽しみ、日頃のストレス解消をしていたように思います。中高生に話をする時に、「2m以上の距離を取り、マスクを外して話す」ことの大切さを伝えてきましたが、これからは自分自身の経験として「マスクなしのリアルトークの大切さと楽しさ」を伝えたいと思いました。
 ところが登壇者のお一人だけがオンライン参加だと、対面で話している人たちの話が盛り上がる一方で、オンラインの方について、「いつ、どのようなタイミングでこの人に振ればいいか」といった流れづくりに気を取られてしまいますし、その方もどこで話に入ればいいかを探り続けておられると感じました。もちろん話の流れはそれなりにスムースに進んだのですが、その方が同じフロアにいらっしゃればもっと盛り上がったのだろうなと思いました。
 登壇者全員がオンラインでの参加の場合はいかに話の流れをスムースに運ぶかといったことに全精力をつぎ込んでいて、一人ひとりとのトークの楽しさはやはり少なかったと言わざるを得ません。
 二人でオンライントークをした相手は同じ運営委員の宮崎豊久さんでした。お互い気心も知れている間柄だったので、その場は上手くまとめられたとは思いつつ、もしリアルだったらもっと気分的にも盛り上がっただろうと思いました。おそらくオンライン故の一瞬のタイムラグのため突っ込みが一瞬ずれることで、言葉が弾んだキャッチボール的なやり取りができないのだと感じました。
 一方でプログラムを聞いていた方の立場から考えてみました。視聴者はどのセッションも画面越しで視聴しているため、配信会場の人もアップでうつる時はオンライン参加の人と同じように映るのでどちらも同じだと思ったのではないでしょうか。さらにAIDS文化フォーラム in 横浜のオンライン配信チームは秀逸で、スタジオのようにカメラ3台を切り替え式で操作していたので、配信会場の映像もスピーカービューで見ているとどのセッションの映像も同じように見え、会場とオンラインの違いを感じなかったと思われます。オンライン授業、オンライン会議、オンライン講演会が当たり前の世の中ですが、だからこ
そオンラインの限界と問題点についてさらに検証を重ねる必要があるようです。

○オンライン顔・カメラ顔
 皆さんはテレビに映っている人たちをどのような感覚で見ているでしょうか。何となく平面的で、テレビに映っている人たちとの交流感はないですよね。今回、オンライン参加されている方々と大きなテレビ画面越しでトークをしたのですが、画面に映っている顔が「オンライン顔」「カメラ顔」だと感じました。もちろん笑うなどいろんな表情をされるのですが、ギャラリービューでみんなが同じ画面に映っていても、やはり交流感は乏しいと思いました。 一方で、会場で一堂に会している他の登壇者はどちらかというと横顔が中心で正面の表情は見えないにも関わらず、いろんな場面でうなずいたり、いろんな表情を見せたり、さらには見ていなくても反応していることを感じる中で、一緒にいるという感覚をもらえました。カールロジャーズが「人は話すことで癒される」という言葉を発した時代はオンラインで話すということは想定されていなかったでしょう。今回、「話す」というのは単に言葉のやり取りをするだけではなく、リアルに会って言葉を交わすことに加え、その場の空気をも共有することだと実感させていただきました。
 では、なぜ「オンライン顔」「カメラ顔」だと癒しにつながりにくいのでしょうか。そう考えた時に思い出した言葉が「コミュニケーション」でした。コミュニケーションの語源は「わかちあう」「共有する」だそうですが、カールロジャーズが言った「話す」というのは、単に言葉を交わすだけではなく、言葉以外の雰囲気やしぐさをも含んだ「コミュニケーション」という意味だったのだと納得しました。

●マスクなしのリアルな会話を
 当たり前のことが当たり前ではなくなってしまったコロナ禍で、夏休みも延長して学校に行けないなど、児童、生徒たちが相変わらず大人たちに振り回されています。「オンライン授業をするんだからいいだろ」とか、「半数は学校に来ている」といった安易な考え方ではなく、マスクなしで相手の表情を見ながら会話をすることの大切さを、生徒一人ひとりが改めて感じる場面を作ってもらいたいと思います。
行政の要請を無視してお酒を提供している居酒屋が各地で繁盛しているようですし、横浜市内にもそのようなお店は数多くあります。神奈川県知事はマスク飲食を求めていますが、もちろんそのようなお店の利用者はマスクなしで談笑しています。ではこの人たちは単に「酒が飲みたい」「コロナなんて関係ない」「行政のいうことなんか聞いてられるか」といった不埒な考えの人たちでしょうか。もしかしたら本能的に人が必要としていることは何かを理解し、本能的に自分自身の身を守っている人たちかもしれません。なぜならそういうお店を覗くと、不思議と談笑している人たちは自分の飛沫が相手の顔や料理にかからないように角度をつけて話をしているように見受けられます。
 ストレスだらけの世の中になっていますが、いま、何を、どうすれば少しはストレス解消になるのかを一人ひとりが考えなければならない時かもしれません。皆さんはこれからどうされますか。私はマスクなしの会話の場面を一つでも多く作っていきたいと思います。もちろん感染予防対策をしっかり徹底した上で。

紳也特急 264号

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~今月のテーマ『考えることの難しさ』~

●『生徒の感想』
○『何故、“AIDS”文化フォーラムなのか?』
●『若者たちは今』
○『聞きたいメッセージを“考えたい”』
●『考えることを阻害する要因』
○『マスクをしている方が感染』
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●『生徒の感想』
 男子の気持ちを代弁してくれてありがとうございました。(高2男子)

 医者はとても素敵な職業だなと思いました。私も先生のようなあたたかい医者を目指して頑張りたいです。(高2女子)

 正直、タイトル「自分らしく生きる」を見て、自己啓発系のセミナーかな、面倒くさいなと思っていましたが、いろいろためになるはお話、ありがとうございました。(高2女子)

 物事を疑ってみることはすごく大事だと思いました。何故その行動をするのか考えて日々過ごしたいです。(高2男子)

 今回の話を通して、今まで自分の考えが間違っていたことに気づいた。特に、自分(男)が女性を好きな理由を知らないのに男が男を好きな理由を求めるのはおかしいという話には「確かになー」と思いました。(高2男子)

 コロナやAIDSも同じ感染症で、これらの感染症に対する正しい知識ってなんだろうか、と改めて考えさせられました。(高2男子)

 なぜマスクをつけるのか。3密を回避するのか。盲目的に信じるのではなく、自分たちの目で見て、考えないといけないなと思いました。(高2男子)

 先生の話で非常に印象深かったのが「I love you」の語源の話です。すごく驚いたとともに、これから英文で“愛してる”という時に、すぐに”I love you”と書けなさそうです。「愛してる=大切にする」素晴らしいと思いました。自分がそういう立場(性行為を行うなど)になったとき、相手を大切に思う、思いやる、そんな「love」の気持ちが相手とのきずなを強めていくのかなって考えました。このお話を聞くことができた私は本当に本当に幸せです。今まで無知だった自分が怖いくらいです。このような機会をくれた先生方と岩室さんに感謝します。今まで以上に親を尊敬できました。どうもありがとうございました。(高2女子)

 「私が言ったことを信じないでください」という言葉や、何でもすぐ信じるのではなく、自分で考えることが大切だということが一番印象に残りました。(高2女子)

 以前、長崎で講演をした際に一人の高校生が「考えることを放棄しないようにしたいと思いました」という感想をくれました。「考えている人」はなぜ考えられるのか。「考えていない人」はなぜ考えられないのか。「考えてもらう」ためにどのような働きかけをすればいいのでしょうか。新型コロナウイルス感染症が話題になってからすでに1年半が経過しましたが、ますます「考えていない」「考えたくない」人が増えているように思っています。そこで今月のテーマを「考えることの難しさ」としました。

『考えることの難しさ』

○『何故、“AIDS”文化フォーラムなのか?』
 第28回目を迎えるAIDS文化フォーラム in 横浜が8月6日~8日に開催されます。今年こそは多くの人と対面でお会いできればと思っていたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、今年もオンライン開催となります。オンラインとはいえ、「ともに生きる ~つながりの参加者になる~」をテーマに貴重な数多くのプログラムが無料で体験できますので、皆様のご参加をお待ちしています。

https://abf-yokohama.org/

 でも、よく「まだAIDSですか」「何でエイズですか」「もういいんじゃないですか」と言われます。しかし、ぜひ“考えて”いただきたいのが、一つの感染症について、いろんな人が、いろんな角度から28年間も(もちろんその前からですが)“考え”続けている感染症はどれだけあるでしょうか。
 感染しているウイルスはまったく同じものなのに感染経路で「いいエイズ(薬害)」「悪いエイズ(性感染)」と区別し、結果的に差別を助長した経験もしました。なぜそのようなことが起こるのかをそれこそず~~~~~~っと“考え”続けてきました。しかし、“考えていない”人たちが、新型コロナウイルス対策と称して、「夜の街」「接待を伴う飲食」「酒類の提供」を「悪い新型コロナウイルス」と位置付けて、偏見や差別を助長しているだけではなく、どう予防すればいいのかが国民に伝わらず、結果的に大流行となっていないでしょうか。

●『若者たちは今』
 65歳以上のワクチン接種率は1回目85.7%、2回目73.1%(2021年7月29日現在)となっているため、高齢者の感染者数も重症者数も減ってきています。その結果として、数字上20代、30代の若い世代の感染割合が高くなるので「若者が問題だ!!!」とまた犯人捜しの報道が繰り返されています。しかし、高齢者の割合をワクチン接種前に戻すと、全体の割合の中で若者たちが特に増えたわけではありません。
 では、なぜ20代、30代の感染者数が多いのか。そもそもこの世代はどこから感染予防の情報を得ているのかということを“考える”必要があります。もちろん割合の問題ですが、新聞は読まず、テレビのニュースも見ません。ワイドショーを見たとしても正直なところ「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」といった具体的、かつ実生活に役立つ情報はなく、「自粛」「気を引き締めて」「3密回避」が繰り返されているだけです。ネットニュースを見ても「感染が増えている」と思うだけですし、感染した知人がいても、若者の場合多くは軽症か無症状なので「大丈夫」と思ってしまいます。40代、50代は重症化する人がいるといっても、人は経験に学び、経験していないことは他人ごとだということを“考えれば”、「医療崩壊」を訴えるだけではなく、この世代が関心を持つ情報は何かを“考えること”が求められています。

○『聞きたいメッセージを“考えたい”』
 YouTubeのコンドームの達人講座の再生回数が新旧のバージョンを合わせると667万件に達したのは、YouTubeという新しい媒体だったことに加え、ちょうど若い世代がお互いに性に関する情報交換をしなくなった時期に一致した結果、若い人たちのディマンド(要求)に合致したからだと“考えています”。しかし、私の分析が正しいか否かの証拠、エビデンスはありません。
 若者たちが興味を持つのはSNSではなくその中身です。知り合いの50代の方の家族内に新型コロナウイルスを持ち込んだのは若いお子さんでした。その若い世代に「キスでうつる」という性教育を親はもちろんのこと、マスコミもしたがりません。すなわち若者たちのディマンドにもニーズにも応えていないのが今、専門家たちが発信しているメッセージです。必要なのは「強いメッセージ」ではなく「聞きたいメッセージ」だということを“考えていただきたい”ですが、実はこれは非常に難しいことです。

●『考えることを阻害する要因』
 ところが感染症対策に限ったことではないのですが、“考える”ことを阻害するのがエビデンス、根拠、正解を求める風潮です。最初の頃は、「確かに論文になっていることは大事」と思っていましたし、今でもそれを否定するつもりはありません。しかし、新型コロナウイルスに長く向き合い続ける中で、世の中がエビデンスとされている論文に振り回されていると“考える”ようになりました。
 私もいろんな論文を書いてきましたが、論文として一番大事なことは、嘘がないことと、論理に一貫性があることです。例えば「調査の結果、感染はAから空気中に、そして空調の関係から空気の流れに沿って広がったエアロゾル感染と“考えられる”」と書き、そこに矛盾がなければ論文として採用されます。しかし、“考えられる”ということは、違う可能性も“考えられる”とも読めるのですが、読んだ人はエアロゾル感染だったんだと鵜呑みにし、“考えること”を放棄していないでしょうか。

○『マスクをしている方が感染』
 感染症で感染経路を実験的に実証することは不可能です。「キスで唾液による感染はない」と言い切る医者もいますが、感染している人とディープキスをして何人が感染するかといった実証実験などできるはずがありません。さらに感染した人が自分のプライベートな生活について言わないでしょうし、聞く側も聞きづらいと思うのが今の日本です。
 ということで、「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を“考えつつ”、どの感染経路が多いとか少ないとかではなく、あくまでもいろんな可能性について紹介し、できる人が、できることを積み上げられる環境整備を心掛けるしかありません。
 エビデンスは得られなくても“考える”ことの大切さを教えてくれた経験がありました。ある中学校の養護教諭が肌感覚で「マスクは本当に有効ですか?」と聞いてきました。そこで「マスクをしている生徒と、マスクをしていない生徒のどちらがインフルエンザに感染するかを調べてみてください」とお願いしました。マスクをしていると多くの人は、つい手に着いた飛沫を無意識の内にマスクの表面に付着させ、最終的に飛沫の水分が蒸発するとウイルスを吸引してしまうリスクがあると“考えた”からです。結果は「マスクをしている生徒の方がインフルエンザに罹患していた」でした。もちろんこのデータは発表できません。なぜなら「リスクが高いとわかっている行為を止めさせずにデータを収集したのであれば倫理的に問題だ」と言われてしまうからです。こう話すと必ず「エビデンスは?」という反論がありますが、その反論こそ「考えることの難しさ」をスルーしていると“考えてしまいます”
 “考えて”みてください。国民に感染予防方法を具体的に伝えることなく、「自粛」「気のゆるみ」「3密回避」と叫んでいるだけの方がよっぽど倫理的に問題だと“考えて”しまうのですが、この“考え”、変でしょうか。

紳也特急 263号

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性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『受援力』~

●『生徒の感想』
○『上から目線の「受援力」』
●『結果的受援』
○『先輩保健師さんに教わった空気感染対策』
●『握手でパニック』
○『アベノマスクのおかげ』
●『食べ物についた飛沫は喉につかない!?!』
○『目に入るのはコンタクトレンズとともに』
●『タバコの回し飲み禁止』
○『受援力はわかちあい力』
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●『生徒の感想』
 とても面白かったです。政府や世間が唱えていることとは着目点が異なっていて、それでも納得できるようなデータであったり、自ら行った実験であったりとわかりやすく説明してくだったためよく理解できました。ただマスクをすればいい。距離をあければいい。窓を開ければいいわけではなく、何を、どうして、何を防ぐためにどうすればいいのか、とても参考になりました。(中3女子)

 岩室さんが話していたことは「確かに」と納得できるものばかりでした。例えば、鏡をくもらせる時、マスクをつけていない時より、マスクをつけていた時の方がくもっていて、飛沫が見える実験でも飛沫が2メートル飛んでいることを証明してから、背中合わせなら近づいて話してもよいなど、納得してしまいました。(中2男子)

 最初は、感染予防はさんざんテレビなどで報道されていたので知っているつもりでしたが、先生の話を聞いて、自分が知らないこともたくさんあるのだと思いました。(中3男子)

 今回、岩室さんの話を聞いてコロナに対する姿勢が変わりました。岩室さんは日本(小池都知事など)がいっていることは100%安全ではなくどこか違うことがあると言っていて、僕もそのことは気づきました。これまでの感染予防対策を見直そうと思いました。(中2男子)

 テレビが正しいのか、岩室先生が正しいのか、話を聞いてそう思った。でもお話やその根拠も納得できたし、試してみたい。最近不織布マスクをつけていない。今つけているものよりも効果があるから、学校とかでもつけていきたい。今の方法から変えるところなどいろいろあったのでバンバン活用したい。(中1女子)

 岩室先生はコロナウイルスに対して真剣に向き合っているのだろうと、講演を見て心から思いました。(中2男子)

 おにぎりを食べる時にフィルムをとってから手を除菌した方がいいことを知りました(中3女子)

 話し合う時はお互いに向き合わないように話す(中3男子)

 私はマスクは絶対に必要なものだと思っていましたが、状況によっては外した方が良いということがわかりました。(中3男子)

 私は吹奏楽部で、マスクはしないし、飛沫飛びまくりで心配だったのですが、下を向き、対面でなければ飛沫が飛ばないと聞いたのでそれを試したいです。風向きで窓に向かって空気を流すというのも実践したいです。部活でも家でも使えるのでみんなに伝えようと思います。(中2女子)

 ウイルスが動いてたりの動画もあり、わかりやすかったです!(中2女子)

 ウイルスは見えないからこそ、他人事ではなく、自分事としてとらえて行動していきたいです。(中2女子)

 中学生に新型コロナウイルス対策の基本的な話をした際の感想です。「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を彼らが理解できるように伝えただけです。ただ、今回の話はよくよく考えてみると、新型コロナウイルスがまん延し始めてから考え、組み立てたものではなく、1990年代に保健所に勤務していた際の結核やHIV/AIDS対策に始まり、2009年に発生した新型インフルエンザの講演を依頼されたりする中で、いろんな人の声を聴きながら、考え、積み上げ続けてきた内容です。今月のテーマを考えていた時に「感染症の危機管理時に求められている専門職の受援力」という講演依頼を受け、「これだ」と思い、今月のテーマを「受援力」としました。

『受援力』

○『上から目線の「受援力」』
 被災地のみならず、いろんなところで「受援力」という言葉が使われています。あるサイトには「『受援力』とは、『助けて』と言える力」とありましたが、本当にそうでしょうか。松本俊彦先生、熊谷晋一郎先生たちと「助けてが言えない」という本の中で行った座談会『「依存」のススメー援助希求を超えて』を思い浮かべていました。「『助けて』と言える力」と言っている方はどれだけ上から目線なのか考えたことがあるでしょうか。
 岩室紳也は、自分が困っても、わからないことがあっても「助けて」とは言えませんし、一度も言ったことはないと思います。自分が言えないのに、他人に「助けて」と言いなさいとは口が裂けても言えません。「助けてと言いなさい」と言っている方は自分で何度も言ってきた方なのでしょうね。そうであれば、どのような場面で「助けて」と言ったか、なぜ言えたのか、
その結果どのように助かったかを話していただきたいと思います。それとも正解依存症、すなわち、自分なりの「正解」を見つけると、その「正解」を疑うことができないだけではなく、その「正解」を他の人にも押し付ける、自分なりの正解以外は受け付けない、病んだ状態なのでしょうか。

●『結果的受援』
 では、岩室紳也はこれまで一切誰にも助けてもらっていないかというとそれは全く逆で、いろんな人の助けがあったからこそ、いま、こうやってメルマガを書かせていただいていますし、新型コロナウイルス対策でもいろんなことを考え続けられているのです。すなわちこちらから「助けて」と言わなくても、いろんな人が「助けになる関わり」をしてくださっているのです。
 結果的に「助けられている」、結果的受援ということでもいいと思いませんか。では岩室紳也はどうやって結果的受援を手にしてきたのでしょうか。それは一つ一つの関係性の積み重ねの結果でした。
 
○『先輩保健師さんに教わった空気感染対策』
 新型コロナウイルスに関わり始めて最初につまづいた、というかよくわからなかったのが「エアロゾル」でした。ところが、結核対策でエアロゾル感染より感染予防が難しい空気(飛沫核)感染について保健所で学ばせてもらっていました。保健所の医師や保健師は結核患者さんが出れば患者さんや関係者からの聞き取りをし、患者さんの搬送、施設での啓発活動などに関わります。その際に自分自身が感染しないため、患者さんと向き合い続けてきた保健所のベテラン保健師さんに高性能のN95マスクを使うことでマスクの材質や装着法等を教わる中で、空気中をさまよい続ける結核菌に感染しないために一番重要なことは風上に立つことだと学びました。言われてみれば当たり前のことですが、目からうろこでした。
 新型コロナウイルス対策でエアロゾル対策として初期のころから「換気」の必要性が強調されていますが、よっぽど強力な換気扇でない限りさまよっているすべてのエアロゾルを換気扇に向かわせることはできません。だから「排気」という視点で換気扇に向かってサーキュレーターを使用し、空気の流れを創出することが必要になります。ところが、世間ではビルや車両等の換気の専門家の意見を聞き、CO2センサーを設置したり、「何分で空気が入れ替わるので安心です」といった感染症対策とは別次元の、CO2、二酸化炭素滞留対策をあたかも感染症対策かのような錯覚で啓発しています。びっくりなのが空気を循環させている空気清浄機の売れ行きです。まったく意味がないというつもりはありませんが、空気清浄機が起こす気流の結果、感染されている方の風下に立つことになった人は空気清浄機で感染リスクが高まることになります。今や電車の窓が開いているのは普通ですが、ぜひ、利用する場所は進行方向に向かって一番前の窓の前にしてください。一番後ろの窓だと、車両内のすべての方の空気(エアロゾル)の通り道、排気道になります。
 ただ、誤解のないようにしていただきたいのですが、電車内でのエアロゾルでクラスターが起こったという報告はないので、空気の流れでエアロゾルが拡散すれば感染予防になるのかもしれません。でもそのような「エビデンス」はありません。

●『握手でパニック』
 忘れもしない1994年1月29日、HIVに感染していたパトリックと握手をし、彼の掌の汗が私の手につきパニックになったものの、もちろん感染していませんでした。この経験が、パトとの関りがなければ「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」ということを突き詰めなかったと思います。一方でエイズパニックの頃、この話を中高生にさせていただく環境をいただけたからこそ、上から目線ではなく、中高生が理解できる「ウイルスは、
どこから、どこへ、どうやって」の話の内容をより研ぎ澄ますようになりました。男性同性愛や新宿2丁目に関わる機会を得たからこそ、「感染機会」が危ないのではなく、「感染経路」対策が重要だと気付かされました。

○『アベノマスクのおかげ』
 マスク不足で世間が大騒ぎをしていた時、わが家に例の「アベノマスク」が届きました。新型コロナウイルス予防の際に、マスクが果たす役割とマスクの材質別のデータを視覚的に示したいと思っていた時だったので早速中学生にもわかる、洗面所の鏡にマスクなし、アベノ(布)マスク、ポリウレタンマスク、不織布マスクで息を吹き付け、曇る度合いを見せる実験をしたところ、マスクによるエアロゾルの増加とポリウレタンマスクを通
過する飛沫を映像化できました。これも安倍首相の支援を有効に受け止めた結果でした。

●『食べ物についた飛沫は喉につかない!?!』
 ある消化器内科の先生に「食べ物に飛沫に入ったウイルスが付着しても、それがのどに触れれば咽頭反射が起こるのでものを食べての感染は起こらない」との指摘を受けました。「確かに???」という思いになりながら、一方で小学生みたいに「じゃあ、手洗いは不要で、素手で食べても大丈夫?」と思っていました。「今回の新型コロナウイルスは飛沫やエアロゾルでうつるので密がダメ」という意見が多いのは承知していますし、それ
を否定するつもりはありません。しかし、手洗いを推奨しながら、食べ物についたウイルスでは感染しないというのはどう考えても矛盾します。
 悶々とした思いで日々考えていたら、食事中、食べ物を咀嚼しているとおいしい味や香りが口中に広がる感覚を味わっていました。食べ物をかみ、味わっていると飛沫がエアロゾル化して吸い込まれる。この先生の指摘がなければここまで頭を悩ませず、ある意味正解依存症のまま、「接触(媒介物)感染はおこる」と伝えていたと思います。新たな「ウイルスが、どこから、どこへ、どうやって」の気づきが生まれた瞬間でした。

○『目に入るのはコンタクトレンズとともに』
 新型コロナウイルスの侵入経路として「目」が言われていますが、目をこする人もそれほどいないし、目に前にいる人の飛沫が飛び込むとも思えないけど、一応感染経路として伝えなければと思っていたら、講演を聞いてくれた人が「コンタクトレンズを清潔に扱うことも大事ですね」との感想をくださいました。「いただき」と思いましたが、ここでも気付きをくださった方の指摘の、支援のおかげでした。

●『タバコの回し飲み禁止』
 新宿2丁目にあるレズビアンのお客さんが多いお店に2回目にお邪魔した時、「岩室さんの話、すごく役に立ちました」と感謝されました。喫煙OKのお店だったので、「お客さんがタバコのフィルターを触る前に手指消毒を徹底してください」とお伝えしていたのですが、「お店のお客さんはタバコの回し飲みを楽しむんです。それだけは禁止にしました」と教えてくれました。岩室が想像だにできなかった、タバコの回し飲みによる間接キス。確かにハイリスクですよね。

○『受援力はわかちあい力』
 岩室紳也の感染症対策に関する学びはすべて他者にいただいた気づきを積み上げた結果です。「空気感染予防は風上に立てばいい」というのは小学生でもわかる、でも感動的な気づきでした。いくら一人で考えても、書物を読んでも気づけないことは多々あります。それらを気づかせてくれる周囲の人とつながり、コミュニケーションを通したわかちあいを重ね続けると、気が付けばいろんな人と共有できる情報が組み立てられているようです。「受援力」は「わかちあい力」とも言えます。
 ぜひ皆様も、他の人の指摘を「くそ・・・・」や「違うよ!!!!」、「見返してやろう」ではなく、どれもありがたい指摘と思って自分の中で咀嚼し続けませんか。きっとびっくりするような気付きが生まれると思います。多くの指摘に、支援に改めてお礼申し上げます。