正解依存症まん延社会

 コロナ禍を経験し、またいろんなところで感染予防の話をさせていただく中で、つくづく感じさせられたのが、多くの人が求めていることが唯一無二の「正解」だということでした。一通り話し終わった後、「話の内容はよく分かったのですが、で、結局のところマスクは必要ですか、不必要ですか」との質問を受けると、自分自身の普及啓発能力を反省するしかありませんでした。しかし、マスクに限らず、様々な場面について同じように「〇〇は必要ですか、不必要ですか」や「〇〇は是ですか、非ですか」と繰り返し聞かれる中でふと思い出したことがありました。
 新型コロナウイルスが広がる中で、政府の専門家委員会の先生と話をする機会があった時に、きっぱり、「私は岩室先生とは意見が異なります」と言われ、残念ながらそれ以上議論を続けることが出来ませんでした。
 一方で次のように言われたこともあります。

 岩室先生は見えてくるもが多いと、楽しいと表現されていますが、多くの人は逆に混乱に陥ると思います。AかBだけでなくて、A~Zまであったら、どれが正しいのかという視点になるからだと思います。

 なるほどと思いました。新型コロナウイルスとマスクの関係のA~Dを並べてみました。

A:飛沫感染をさせないためにはマスクは必要。
B:自分が飛沫感染しないためには、飛沫を直接顔にかけられそうになったときはマスクは効果的。
C:不織布マスクをしていてもマスクと顔の隙間からエアロゾルはむしろ多く排泄されることになる上、マスクをしていてもエアロゾルはマスクと顔の隙間から吸い込むのでエアロゾル感染対策にはならない。
D:いろんなところを触った指を洗わない、消毒しないままマスクがずれた時にマスクの表面を触ったら、指についていた飛沫やエアロゾル内のウイルスがマスクの表面に付着し、結果的に吸い込むことになって危険。

 「ややこしい話はどうでもいいから、マスクは必要か不必要かを教えてくれ」という方が多いのではないでしょうか。

 確かにそのような視点に陥れば苦痛以外の何物でもないでしょう。でも、人間って、というか生きるってことはそんなに単純じゃないですよね。マスク警察が跋扈した時、科学的に考えられない、一方的に自分の意見を押し付ける人はなぜそうするのだろうか、と考えていました。そこにあったのは、正解依存症がまん延している社会でした。

岩室紳也も正解依存症だった

ブログ「正解依存症」の目次

紳也特急 281号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『こころに響くリアルな対話』~

●『生徒の感想』
○『対話とは』
●『対話の実際』
○『リアルな対話だから伝わる』
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 あけましておめでとうございます。
 皆様はいかがお過ごしでしょうか。
 岩室家は昨年、千葉県いすみ市出身、2022年5月22日生まれの「こなつ」という新しい家族(猫)が増え、にぎやかで楽しい正月を迎えています。
 猫を含めリアルなつながりが大事だと実感した1年でしたので、まずは元気の源の生徒の感想です。

●生徒の感想
 当り前を当たり前に話してくれる大人ってあんまりいないので、皆にとっても、自分にとっても、本当にいい機会になったので、講師の先生も、用意を手伝ってくれた方々にも、本当に感謝してもしきれないなと思いました。(中3女子)

 私は性的なはなしよりも、生徒からの質問の受け答えがとっても大人な考え方で、人の死に方に価値をつけたくないという岩室さんの言葉がかっこよかったです。(中3女子)

 生徒と同じように話せる大人が初めてだったので勉強になった。(高1男子)

 自立と依存と絆のことを教えてもらい、昔を思い出しました。一人の自分を助けてくれた女子が今の自分をつくってくれたことに改めて感謝したいと思います。(高1男子)

 自分がしたくなかったら、相手に嫌われるとか関係なく、断る勇気が大切なんだなと改めて思いました。(高1女子)

 特に記憶に残っているのが「どこから、どこへ、どうやって」の言葉です。岩室先生もおっしゃっていましたが、僕も性感染症にかかる人はまじめではないと思っていました。しかし、「どこから、どこへ、どうやって」で考えるとそれは大きな間違い、偏見であるということに気づきました。(中3男子)

 今日の講演で、生理について男子はいろいろ知れたと思うので、たよらないといけない時はたよろうと思いました。(中2女子)

 オナニーは皆やっているから別に自分がやっていても恥ずかしくないんだなとあらためて知ることができました。(中2男子)

 私が1番心に残っていることは、未成年だからにんしんしたらいけないわけではなく、大変な子育てを楽しめる時期になってから子どもを産んだ方が良いということです。(中1女子)

 最近の講演後の感想が以前と比べてビシバシ伝わってくるものが多くなったように思っています。何故なのかと考えていた時、ふと生徒さんたちはこの3年間、リアルで、マスクなしで話す人を見たことがないことに気づかされました。おそらく同じ話でもマスクをして話していたらそんなに響かなかったのではと思いました。そこで今月のテーマを「こころに響くリアルな対話」としました。

こころに響くリアルな対話

〇対話とは
 精神科医の斎藤環先生が「ひきこもりと対話」という話の中で「対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。思春期の問題の多くは『対話』の不足や欠如からこじれていく」と教えてくださっています。以前はこの言葉についてあまり深く考えず、「そうだよね」と思いながら紹介していました。しかし、コロナ禍の今、「面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと」の大切さを強調して訴え続けています。文部科学省も対話的な学びの大切さを訴えているのですが、そもそも「対話」とは何かを深く考えていないのかなとも思いました。
 「面と向かう」というのはまさしく(相手の)顔と向き合うことです。すなわち、声だけのやりとりではなく、マスクなしの、お互いの顔を見せ合いながら、微妙に変化する表情を含めたキャッチボールをすることではじめて対話が成立します。

●対話の実際
 実際の講演では次のようなステップを踏んでマスクなしの講演に移行します。
 講演先には早目に着くようにし、会場を確認し、少しでも空気の流れが創出されるようにしてもらいます。講演会が始まる時、今のご時世なので最初はマスクをして登場します。性やエイズ関連の講演依頼がほとんどなので、最初に私自身がHIVの感染経路を正しく理解していないかった話から対話的講演会が始まります。

 私が最初にエイズの患者さんの診療を頼まれたころは治療薬もなく、エイズウイルス(HIV)に感染したら5年から10年でほとんどの人が亡くなっていました。今のコロナよりはるかに怖い病気だったので患者さんを診るなんて到底できないと最初は断りました。

 その時、「何で感染する?」と聞かれ、恥ずかしながら初めてHIVの感染経路を、すなわちウイルスは、(感染している人の)どこから、(感染する人の、その時の場合は医療者の)どこへ、どうやって(うつるか)かを考えました。

 HIVは性行為で感染しますが、患者さんとはセックスはしません。患者さんから感染するというのは針刺し事故だけです。すなわち点滴、注射、採血の際にだけ感染予防のことを考え、注意すればいいということに気づかされました。

 ところで新型コロナウイルスは何で感染しますか?
   「飛沫」と答えられる生徒は半数以下です。

 飛沫はどれぐらい飛びますか?
   「2メートル」と答えられる生徒は1割程度です。

 感染している人の口から飛び出す飛沫は2メートル先に落下するので、最も近い生徒さんから3メートル以上離れているテーブルに戻ったので、マスクを外しても最前列の生徒さんに飛沫は届かないですよね。

 でも、ちょっと勉強している人は「エアロゾル、小さい飛沫での感染は大丈夫なの?」と思いましたよね。では、このエアロゾルを体験してみましょう。全員私の方を見ていて話しもしていないので一度マスクを外してください。

 口の前に掌を当てて優しく『はーっ』て息を吹きかけてください。掌が湿ります。これがエアロゾルという小さな飛沫です。このエアロゾルは空気中をさまよい続け、最終的には落下する、空気より重いものです。だから世間でよく言う換気では外に追い出せません。積極的に空気の流れをつくり、エアロゾルを拡散させる必要があります。この講演会場を見てもらうと、暖房もできる大型の扇風機が作動していますが、創り出された空気の流れが体育館の反対側の横の扉が少しだけ開けてあります。そこから排気されるようにしています。

 後ろの人は見えないでしょうが、私のテーブルには首振り型の携帯型扇風機が作動し、私の周りの空気を撹拌しています。何故空気の流れを創ったり、空気を撹拌したりする必要があるのでしょうか。ウイルスは何個、体に入ると感染すると思いますか。私も勉強をするまではウイルスは1個でも体内に入れば感染すると思っていました。しかし、新型コロナウイルスを身長60センチのアカゲザルに感染させるという実験を行ったところ、数千から数万個のウイルスを感染させる必要があることが明らかになっています。すなわち、感染を予防するということは、体内に入るウイルス量をゼロにすることではなく、体内に入るウイルス量をできるだけ減らす努力をするということです。

 そして飛沫もエアロゾルも最終的には落下します。テーブルに付着した飛沫を触った指先を洗わないで口に入れるポテトフライをつかんだり、(見本を見せながら)パリパリ海苔のコンビニのおにぎりのラップにウイルスが付いていたら、ラップを外した時にウイルスが着いた指で直接海苔を触るので危ないですよね。

〇リアルな対話だから伝わる
 200人もの聴衆の中には当然のことながら私の顔もよく見えないという人もいます。でも、話の内容が聞きたいもので、なおかつ、前述のように聞き手との対話形式だと気が付けば聞き入ってくれるようです。でも、同じ内容を、スライドを使った講演やFacebookで繰り返し伝えているつもりですが、意外と伝わっていません。
 コロナ禍で講演会のみならず授業もオンラインが増えました。私も機材を揃え、AIDS文化フォーラムも8月の横浜、12月の名古屋、今月の陸前高田もハイブリッドで配信しています。しかし、3日間行った横浜で、初日をオンラインで視聴してくださった方が「やっぱりリアルがいい」と2日目、3日目は現地で参加してくださったように、リアルな対話だからこそ思いが伝わることを実感しています。
 昨年は公衆衛生学会、エイズ学会、性感染症学会などで、多くの人とマスクを外した懇親会を重ねてきました。もちろん感染予防のためにお互いの顔に、料理に飛沫をかけないように、携帯型扇風機を回してエアロゾルを拡散しながらです。本年もできることを重ねつつ、リアルな逢瀬を楽しみたいと思います。

 本年もよろしくお願いします。

紳也特急 280号

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~今月のテーマ『論文が生む誤解・偏見・差別?』~

●『生徒の感想』
○『日本エイズ学会での学び』
●『当事者の力で感染経路にたどりついたHIV』
○『日本人は「感染経路対策」が苦手?』
●『俯瞰と判断 vs 論文』
○『感染経路は論文にならない?!?』
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●生徒の感想
 先生が「今日の夜、飲みに行きます」と言う話をされた時、正直かなり驚きました。私は感染症に対する知識はあっても、マスクをし、消毒をし、人との食事の機会を減らすだけです。きちんと対策をすれば、マスクをせずに会話をしたり、食事をしたりしても大丈夫だという考えを思いつくことすらできませんでした。知識を持つだけではなく、関心を持ち、考えることが大切だと気づかされました(高2女子)。

 感染経路が限られているので対策をすれば大丈夫なのに広がってしまうのは、知識不足がほぼ理由の全てを閉めているような気がした。けど、経験したり、おっしゃっていたように本当の意味での命の大切さを知っていないと、積極的にそのようなことを学ぼうとはしないと思う。(高2男子)

 テレビや周りの人に言われて何となく信じていることも、実はよく調べると正確ではないことがわかって驚きました。(高2女子9

 日常的にご飯を食べながらスマホをいじってしまうことが多いため、今一度そういうところから見直し、感染しないように心がけたいと思った(高2女子)。

 岩室先生が何度かマスクを外す際、マスクの置き方が気になっていました。マスクに手が極力触れないように外していたと聞き、いつも自分がマスクを外す時、手が触れてしまっているので、今日から気を付けていこうと思った。(高2女子)

 マスクをしているのが当たり前だったので、リスクをしっかり考えれば、外してもいいのではという意見が新しくて、聞いていて勉強になりました(高2男子)

 マスクをどうやってつけて、どうやってとった方が感染しないかを学べた(高2女子)。

 科学的に考えれば当たり前ですが、マスクが必要な場面が、国や学校から指示されているものと違っていて驚きました(高2女子)

 わかりやすく話せば、感染経路についての理解は広まりますが、相変わらず日本では感染経路についての理解が広がらず、新型コロナウイルスの感染拡大も第8波を迎えています。そんな時、日本エイズ学会に参加し、論文が誤解・偏見・差別を生んでいるのではないかと気づかせてもらいました。そこで今月のテーマを「論文が生む誤解・偏見・差別?」としました。

論文が生む誤解・偏見・差別?

○日本エイズ学会での学び
 2022年11月18日~20日に静岡県浜松市で開催された第36回日本エイズ学会にリアルで参加してきました。全参加者の約半数がリアルで参加し、懐かしい方々と楽しく談笑、議論をさせていただきました。日本エイズ学会は発足当初から、他の医療系の学会と異なり、保健医療福祉関係者だけではなく、当事者、NGOの方々が参加する開かれた学会で、いろんな視点からHIV/AIDSの問題を考えられる素晴らしい機会です。
 このご時世なので新型コロナウイルスを取り上げたプログラムを数多くありましたが、シンポジウム『無くならない感染症への偏見・差別 ~ハンセン病、HIV、新型コロナウイルスと、教訓は何故いかされなかったか~』を聞かせていただき、誤解・偏見・差別が生まれる背景を垣間見させていただきました。

●当事者の力で感染経路にたどりついたHIV
 感染経路とは、感染症の病原体が生体に侵入する道筋、経路を言います。すなわち、病原体(ウイルス)が感染している人のどこに存在し、感染する人のどこから、どうやって侵入するか、うつるかを明らかにしたものです。

病原体(ウイルス)は、どこから、どこへ、どうやって

 HIV(エイズウイルス)の場合、AIDSという病名が付いた病気が性行為、血液製剤使用、薬物の回し打ち、出産授乳でつながった人たちの間で広がりました。しかし、性行為、血液製剤使用、薬物の回し打ち、出産授乳は感染する行為、感染機会で、感染経路ではありません。感染経路が明らかにならなければ、感染しないためには、感染する行為を、感染機会をすべて避けるしかないためだけではなく、感染する行為が、感染機会が、それこそ感染者が偏見や差別にさらされることになります。そのため、感染経路を明らかにし、それぞれの行為で、機会で感染が成立しないための感染経路対策を考えるようになりました。その原動力となったのは当事者や当事者を支えてきた関係者、専門家たちでした。
 男性同性間のセックスであっても、異性間のセックスであっても、感染を防ぐためには感染経路を遮断するコンドームが有効です。違法薬物を注射で使用しても感染しないためには一人だけで注射器を使うことが有効です。すなわち、欧米では感染経路を断つためにできることは何かを考え、専門家が正しい知識としての感染経路対策を伝えたり、関係機関がコンドームを配布したり、薬物の回し打ちをしないため個人で使用できる注射器を配布したりしてきました。

○日本人は「感染経路対策」が苦手?
 ところが日本ではいまだにHIV感染予防のための感染経路対策としてコンドームの有用性を伝えたり、イベントや講演会でコンドームを配布したりすることへの抵抗感が根強くあります。ましてや薬物の回し打ちを避けるための注射器の配布は言語道断とされています。すなわち、感染経路対策より「不特定多数とのセックスはだめ」、「薬物はダメ、絶対」といった感染機会対策、感染者対策を重視し続けています。
 新型コロナウイルスの場合も感染経路、すなわち「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」を理解するのではなく、当初から夜の街といったハイリスクな感染者集団を特定したり、飲食と言った感染機会を避けたりすればいいといった感情が先立ち、未だに理論的に感染経路対策を考えられないのではないでしょうか。

●俯瞰と判断 vs 論文
 マスクを外せない日本人と、マスクをしない欧米人の違いはどこにあるのでしょうか。欧米人は、物事を俯瞰して見て、マスクのメリットとデメリットを総合的に判断し、社会として何を選択すべきかを決めています。ワクチンも打つ打たないは個人の判断と責任とされています。一方で日本人は「とにかく感染しないため」を重視し、子どもたちの発達に及ぼす影響といったことを考えることができません。なぜなら日本の専門家たちもマスコミも「そのようなエビデンスは、論文はどこにあるの」となるからです。
 広辞苑に「エビデンス」は「証拠。特に、治療法の効果などについての根拠」と書かれており、日本人は「証拠を示せ」という意味でエビデンスという言葉を使います。しかし、Oxford Dictionaryの“evidence”は“The available body of facts or information indicating whether a belief or proposition is true or valid.”とあります。わかりやすく言うと「(新型コロナウイルス対策の)エビデンスとは、現在入手できる一連の事実や情報に基づき、提案された対策が間違いではない、あるいは有効かを考えるためのもの」です。大きな違いは自分で考え、判断するための“evidence”と、他人に答えを教えてもらう「エビデンス」の違いのように思いませんか。

○感染経路は論文にならない?!?
 ある元新聞記者の方はいろんな論文を読み、多くの専門家の話を聞いておられました。専門家が書く論文には客観的に間違っておらず、「感染機会である、3密状態、カラオケ、飲食店で感染が広がった」と書かれています。しかし、「3密状態、カラオケ、飲食店で飛沫感染、エアロゾル感染、落下した飛沫やエアロゾルが付着した食べ物での感染が何割ずつだった」という論文はありませんし書けません。「マスクを外せない子どもたちが陥る精神的な問題」といった論文が出てくるとしてもずいぶん先になるでしょうし、そもそもマスクが原因か否かの証明は難しいので論文にならないのではないでしょうか。
 すなわち、感染機会や感染者は一見客観的な論文になり、専門家の業績となり、マスコミも報道し、その論文を読んだ専門家は自信を持って論文に基づいたコメントをします。一方で感染経路は理論的に「病原体(ウイルス)は、どこから、どこへ、どうやって」を考え、理解し、説明する必要がありますが、その根拠となる論文は示せません。
 誤解・偏見・差別が生まれる背景に何があると思いますか。私はハイリスクな感染機会や感染者を集計した論文と、個人の判断と責任を重視しないだけではなく、強烈な同調圧力を醸し出す、そして何より理論的に感染経路を考えることを放棄した国民性があるのではと思っているのですが、皆さんはどう思われますか?

紳也特急 279号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
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~今月のテーマ『一緒に盛り上がれない若者たち?』~

●『生徒の感想』
○『3日で10講演』
●『「共有」は経験から』
○『人を許せない場合』
●『盛り上がった結果?』
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●生徒の感想

 言葉を濁すことなく、ユーモアを交えながらも真剣にお話ししてくださったので、しっかりと理解できたし、当事者意識も持つことができました。ネット検索して 1 番上に出てくるような情報やテレビの特集でやっている情報、鵜呑みにせずしっかりと見極めることが大切だと感じました。(高2女子)

 学校どころかテレビでも聞けないような話が聞けたので良かった。役に立つ時が来るのかはわからないが今日のことは大人になっても覚えていようと思った。(高2男子)

 とても聞いていて楽しかったです。あ、そういう考えがなぜ思いつかなかったんだ?と思うような単純なことに、毎秒のように気づくことができて、性やコロナの知識以上に、普段の生活の上での物事のとらえ方自体を360℃ひっくり返されたような気分でした。(高1男子)

 今回の講演の内容は、人と関わる上で知らなければいけない大切なことだと感じたので、日本は確か 性的同意年齢が 13 歳だと思うのですが、その年齢でこの話をする必要があるんじゃないかと聞いていて感じました。(高2女子)

 性教育を男女一緒に受ける意味を改めて感じることができました。(高2女子)

 今後必要になる知識だと思いますし、貴重な講座?ありがとうございました!ゴムの事は大切だとは思いますが私個人としては女子の前で見せて欲しくなかったです。あと言葉の表現の仕方が問題だと思います。セックスではなく行為、生理ではなく女の子の日って表現してほしいです。文句ばかりで申し訳ないですが、率直な意見感想です。(高1女子)

 大切なことを話していることはわかりますが、話が多くて自分の中でまとめられませんでした。すみません。結局、感染症になるのは自己責任だと思いました。何もしなければ、家に1人でひきこもっていれば感染することはないのだから、かかってしまったのならそれは自分の行動によるものだと考えました。自分に関係ないとは思っていないけど、やはり少し受け入れがたいです。(高2女子)

 講演の後の感想は本当に勉強になります。私の投げかけに対して「面白い」と感じる人がいる一方で「不愉快」と感じる人がいることもその通りだと思います。「自己責任」という発想が既にインプットされ、修正できないというのも怖いと思いました。感想を読ませていただき、一人ひとりに大事なことは、一人ひとりがどう受け止めたかを仲間と共有することだと改めて思いました。一方で「感想」と「講演時の反応」の大きなギャップにも気づかされましたので、今月のテーマを「一緒に盛り上がれない若者たち?」としました。

一緒に盛り上がれない若者たち?

○3日で10講演
 この原稿を書く直前の2022年10月26日(水)から28日(金)に北海道苫小牧市と恵庭市で、2泊3日で10講演をさせていただきました。高校生8回、中学生1回、PTA 1回でした。このように連続して講演することは正直なところ疲れますが、連続して講演をするといろんな気づきをいただけるので結構好き好んでお受けしています。
 その中のある高校では毎年1年生と2年生に講演を聞いてもらっています。ある生徒さんは「昨年と中身が同じだった」と率直な感想をくれました。このような感想は裏を返せば、ちゃんと聞き、理解し、記憶に残っているから「同じ」と思うのでしょう。一方で「忘れていたことが多かったが改めて聞くことで思い出して勉強になった」という声もあり、受け止め方、聞き方も人それぞれだと思いました。
 なぜこんなに早く感想をもらえるのか。実は感想文はアンケートをスマホで入れる方式をとったとのことでした。時代は変わっていますね。

●「共有」は経験から
 一方で感想と生徒の講演時の反応のギャップが気になりました。多くの生徒さんが感想には「面白かった」と書いてくれ、私が笑いを取ろうとするツボに多くの生徒さんが「くすっ」と反応してくれるにも関わらず、以前だったらみんなで、大きな声で笑ってくれていたのがそうはならないことに気づかされました。確かに年々反応してくれなくなっている、自分の感情を表出させない生徒さんが増えているとは感じていましたが、コロナ禍でそのことが加速していました。
 そこで、最後の質問コーナーで反応してくれそうな、答えてくれそうな生徒に直接質問を促すと、そのことに刺激されてか、次から次へと質問が出て、先生たちも「あの子たちにあんなに質問をする力があったのですね」と言っていました。

 精液を飲むと肌がきれいになるって本当ですか?
 TENGAをどう思いますか?
 お勧めのコンドームは何ですか?
 オナニーはいつまでするのですか?
 足ピンはやめた方がいいですか?  などなど

 一緒に盛り上がれない、というより、一緒に盛り上がっていいんだ、自分の気持ちをぶつけてもちゃんと周りは受け止めてくれるということを経験してもらえるような仕掛けが求められていると思いました。確かに講演中にマイクを向け、反応してくれた生徒さんの名前を聞き「〇〇君に、〇〇さんに拍手を」と言うとみんな喜んで大きな拍手をしてくれます。盛り上がることを共有する経験を仕掛けることが求められる時代のようです。

○人を許せない場合
 考えさせられる質問もありました。

 先生は「人を傷つけるようなことをした場合、その人は謝るしかないし、謝られた方は許すしかない」と言っていましたが、許せない場合、許されない場合はどうすればいいのでしょうか。

 人と関わっているといろんな形で相手を傷つけてしまいます。もちろん私の話で傷つく人もいるでしょうし、生きていればいろんな人に、言葉に傷つけられます。一対一の関係性の場合、「ごめんなさい」で納得できない、してくれない場合は対話を重ね、双方の落としどころを見つけていくしかありません。しかし、当然のことながら相手が許してくれない場合も少なくありません。
 性犯罪、ヘイトスピーチ、暴力、飲酒運転、殺人、戦争等々の被害者は加害者を絶対に許すことはできないでしょうが、残念ながら加害者は社会が決めたルール(法律、制度)で裁かれ、そのルールに則った対応を被害者側は受け入れざるを得ません。一方でそのようなルール自体が存在しなかったり、無視されたりする場合も少なくなく、その場合は、社会全体でその問題を考えなければなりません。しかし、社会自体がそのようなことを考えない、考えたくないとなっていることも事実です。
 一例として、薬物使用で服役していた人が出所してあなたの隣に引っ越してきたら近所づきあいをするどころか、そのような人は自分が住んでいる社会から追い出そう、排除しようとするのではないでしょうか、と問いかけました。確かに多くの人は排除を選択するでしょうから、当然のことながらそのようなカミングアウトはしません。
 今回の質問はすごく深い意味を持つ、裏を返せば、許せない、許さない、排除し続ける社会に戸惑っている若者たちを代表した質問だったと思いました。これもつながれない、一緒に盛り上がれない社会の裏返しなのかもしれません。

●盛り上がった結果?
 一方で、この原稿を書いている時に盛り上がった結果の事故のニュースが飛び込んできました。10月29日に韓国ソウルの繁華街・梨泰院で起きたハロウィーンの転倒事故です。亡くなられた方、負傷された方はお気の毒だと思いますが、ニュース番組で「原因は調査中です」と報道していたのにはびっくりでした。

 「地下1階の居酒屋に有名人」大勢殺到か

 このような報道もありますが、いわゆる「群集事故」に原因や犯人はいるのでしょうか。Wikipediaで調べただけで、日本だけでこんなにあります。

 1934年1月8日京都駅構内で海軍に入団する新兵の見送り 死者77名
 1937年10月27日 横浜駅を出発する軍用列車の見送り 死者26人
 1954年1月2日 皇居二重橋の一般参賀 死者16名
 1956年1月1日 新潟県西蒲原郡弥彦村の彌彦神社で初詣客 死者124名
 1960年3月2日 横浜市立体育館の歌謡ショー将棋倒し 死者12名
 2001年7月21日 兵庫県明石市花火大会歩道橋事故 死者11名

 海外に目を転じると2022年10月1日にインドネシアのサッカー場で131人が死亡した事故は記憶に新しいですが、残念ながら、盛り上がると群れ過ぎて事故が起こるリスクが高くなりますが、そのリスクを避けるために群れないと、それはまたそれでいろんな問題が出てきます。人間というのは本当に難しい存在だということを意識し続けるしかないのだと改めて思いました。

紳也特急 278号

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~今月のテーマ『インフルエンザに学ぶ』~

●『生徒の感想』
○『インフルエンザが冬に流行し夏は収まる理由』
●『新型インフルエンザが1年で収束した理由』
○『日本流のウィズコロナ?』
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●生徒の感想
 コロナの感染の仕方は、キスなどがあるとは思わなかったので、知れてよかった。(高1男子)

 今の時代の新型コロナウイルスを例に出して、とても分かりやすい講座だった。どんなうつり方で、どうすればうつる可能性を低くできるかを考えさせられた。(高1男子)

 はじめに先生の身の回りでたくさんの人が命を落としていることを知り驚きました。また、それを阻止するために根元を切るという意思で、医者として、今のコロナ対策に取り組んでいる内容もとても勉強になりました。(高1女子)

 パートナーのことを考えるということを授業中よく聞いてきたが、先生の授業で具体的にどういう風に考え行動するのか知ることができた。またコロナのことなどももちろん感染対策は必要だがどこまでするべきなのか本当に意味があるのかというのを考えながら日々生きていく必要があると思った。(高2男子)

 私もハンドタイプの扇風機を使っていますが、ただ暑いから使うのではなく、コロナ予防のため小さな飛沫を拡散させ、自分のため以外にも使用できるというのが驚きでした。(高2女子)

 講演の際に新型コロナウイルスの話を盛り込むと、今でも「そうだったんだ」という反応をもらいます。もっときちんと感染経路を含めた情報を伝えなければと思っていましたが、実は自分自身もしっかり勉強してないことがありました。「新型コロナウイルスとインフルエンザの同時流行に注意を!」と専門家が呼び掛けているのを受け、改めてインフルエンザのデータを見直したところ、自分自身の不勉強に気付かされました。そこで今月のテーマを「インフルエンザに学ぶ」としました。

インフルエンザに学ぶ

〇インフルエンザが冬に流行し夏は収まる理由
 紳也特急271号でインフルエンザが冬に流行し夏は収まる理由を考察しましたが、国立感染症研究所が毎年いろんな型のインフルエンザで調べているHI抗体(Hemagglutination inhibition test:赤血球凝集抑制試験法)でみると、その理由がさらに明確になりました。HI抗体は多くの型のインフルエンザウイルスで10代から40代で50~80%と高くなっており、この年代が一番感染していると言えます。抗体を持っていてもウイルスに感染しますが、発症しても症状は軽くすみますので、この年代は医療機関を受診せず、カウントされていないと考えられます。
 一方で10歳未満や高齢者では抗体価が低くなっていますが、特に10歳未満は感染が確認される人数も多く、その人たちは感染することで免疫を獲得します。また、10歳未満や高齢者はワクチン接種率が高く、ワクチンによる免疫に加え、感染することで免疫を獲得する人たちと合わせると、夏場には80%ぐらいの人がインフルエンザに対する免疫を持つことになるのではないでしょうか。
 新型コロナウイルスもワクチン接種率が80%を超えた2021年10月~12月はほとんど感染している人が捕捉されませんでしたが、夏場のインフルエンザも同じような免疫状況になっているからと考えられます。
 インフルエンザのHI抗体は数年間持続するため、インフルエンザがほとんど流行しなかった2020年冬から2021年春の状況を表す2021年7月~9月のHI抗体も若い世代では比較的高い値でしたが高齢者は値が低くなっていました。今年のHI抗体の結果はまだ出ていませんが、昨年よりさらに低くなると考えられますので、高齢者の間では新型インフルエンザの時のように冬場を待たずに流行する可能性があります。もっとも高齢者の方は相変わらず人との接触を避けている人が多いので、インフルエンザは今年も流行しないかもしれません。

●新型インフルエンザが1年で収束した理由
 HI抗体検査結果がインフルエンザの流行に及ぼす効果を教えてくれるのが2009年に大騒ぎになった新型インフルエンザでした。日本では2009年の夏場に流行が始まり、年末には収束に向かい、2010年以降のインフルエンザは従来通り、冬場に流行し、夏場は収まるという状況に戻りました。
 国立感染症研究所は新型インフルエンザ(A/California/7/2009(H1N1)pmd09)についても流行の前後でHI抗体価を調べています。その結果、流行前はHI抗体価が低く、新型インフルエンザが流行しても不思議ではない状況だということが裏付けられました。ところが、翌年は他のインフルエンザウイルスと同程度のHI抗体保有率となっており、いわゆる普通のインフルエンザになっていました。
 一方で新型コロナウイルスに感染した際にできる抗体はインフルエンザに対するHI抗体のように長く持続しないため、何度も新型コロナウイルスに感染する人がいますし、集団免疫を獲得することが難しいと言えます。

〇日本流のウィズコロナ?
 新型コロナウイルスとインフルエンザは感染経路対策では多くの共通点がありますし、ワクチンによる免疫が5カ月程度しか持続しないという点も似ています。しかし、感染することで得られる免疫の持続時間に大きな差があるため、新型コロナウイルスが今よりうんと弱毒化でもしなければ当分収まらないと考えるしかありません。
 となると感染予防が大事になるのですが、最近講演した事業所では飛沫感染予防のためのアクリル板は設置していたものの、エアロゾル対策として空気の流れを創る必要性が周知されていなかったためアクリル板が原因と考えられるエアロゾル感染でのクラスターが発生していました。残念ながらこれが日本流のウィズコロナなのかと思ってしまいました。HIV/AIDSが確認されてから41年経ちましたが、今でも「共に生きる」ということを確認し続けなければならないのが感染症の現実です。焦らず、地道に啓発し続けましょう。

紳也特急 277号

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全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『文化だから続く』~

●『生徒の感想』
○『「文化」とは』
●『人の営みを支えるものは』
○『フォーラムは対話の場』
●『文化に、対話に学ぶ』
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●生徒の感想
 今回の講演では、単なる知っていることのおさらいであったり、知っていることの答え合わせのような内容ではなく、考えさせられる内容であった。お話の中で、詳しく知りたい人はホームページを読んでほしい、などの発言があったことからも、岩室先生は、私たちに対して「知識の拡充」を目的として来校したのではなく、考えることを促すために私たちに話をしてくださったのではないかと思う。実際に、岩室先生のお話のなかでも、「考えてほしい」であったり、「話し合ってみてほしい」という言葉が多く聞かれたと思う。
 中でも印象に残っていることは、ゲイについて何人かの生徒に質問していた際に、生徒の一人がゲイに対する考えとして「普通と違う」という発言をした後のことである。私は、ゲイは決して病気ではなく、異常でもない、普通である、ということを知識としているため、この生徒が普通ではないと言い放った際に少し違和感を覚えた。しかしそのあとに岩室先生が、経験を持つ人と、知識のみを持つ人の違いを話し、知識だけでは不十分で、経験しないとわからないということを聞き、ゲイに対して知識を持っているので私は差別主義者ではないと思っていた自分を少し懐疑的にみる機会を得た。つまり、私の周りには、ゲイであることをカミングアウトしている人がいないので自分のことを顧みる機会が今までなかった。そのため知識があるので、直面しても公平に接していけると思っていたのだが、経験がないためにもしかしたら自分のなかにも他とは違うと思ってしまう気持ちが少なからずあるのではないかと思ったのである。
 今回の講演は、思春期の性とエイズというタイトルであったが、新型コロナウイルスや、女性の生理のはなし、自立や依存のはなしなど、多岐にわたるとともに、それぞれのトピックで考えさせられる問いかけがあり、非常にいい講演が聞けたと思う。こうした講演は成長するとともに、聞く機会が減っていくと思うので、とてもいい経験であったと思う。こうした講演を聞き、それについてしっかりと考え、議論していくということでこの講演が生きていくのではないかと思う。(高1男子)

 2022年8月5日(金)~7日(日)の間、第29回AIDS文化フォーラム in 横浜をハイブリッド方式で開催することができました。1994年の国際エイズ会議と同時並行で始まった市民による市民のための第1回のフォーラムから何と29回も続いていますが、運営している側も正直なところどうしてこんなに続いているのか、よくわかりませんでした。
 一方で夏休み前の講演の生徒さんの感想を読ませてもらい、また、フォーラムをコロナ前の形式に戻して開催し、今年のテーマ「文化 ~くりかえされるもの うまれるもの~」を考え続けた結果、「文化」という視点だったからこそここまで続いたのだと気づかされました。そこで今月のテーマを「文化だから続く」としました。

文化だから続く

○「文化」とは
 AIDS文化フォーラム in 横浜のHPにも、「HIV/AIDSを医療だけの問題ではなく、広く文化の問題としてとらえることに重きを置き「文化」の2字を入れています」と書かれています。AIDS文化フォーラム in 横浜の名付け親の長澤勲さんは今年のフォーラムのオープニングセッションで  「文化は人の営み」という視点を紹介してくださいました。
人が行う営みに影響することは多岐にわたっています。HIV/AIDSで言えばセクシュアリティだけではなく、性産業、ドラッグ、違法薬物の問題も考える必要があります。AIDS文化フォーラム in 横浜が長く続いている理由は、実は「HIV/AIDSの問題を解決するためには〇〇を実現する必要があります」といったスローガンを掲げるのではなく、いろんな人が登壇し、いろんな考え方や視点を紹介し、それを聞いた人が何かを持ち帰ると言った緩やかなつながりの場だからだと気づかされました。まさしく、AIDS文化フォーラムはそこに集う人たちの営みそのものでした。

●人の営みを支えるものは
 とはいえ、このフォーラムを運営すること自体、いろんな人の知恵だけではなく、労力が求められていますが、お陰様で今年も無事運営することができました。運営委員がいつもお互いにかけあっている言葉が「できる人が、できることを、できる時に、できるように」です。一見当り前のことですが、実はこれが意外と難しいことで、押し付け合いがつい生まれてしまうのが人間社会ですよね。
 では、なぜ押し付け合いではなく、「お互い様」や「できる人が、できることを、できる時に、できるように」という関係性が生まれたのか、正直なところそこがずっとわからずじまいでした。ところが今年のフォーラムを通して、何となくその理由が見えたように思いました。

○フォーラムは対話の場
 コロナ禍の最中でもフォーラムは続きましたが、従来のように2時間枠ではなく、配信のみのため短い1時間前後の枠で、登壇者も全員が配信会場に集まれない状況で、時には全員がオンラインで顔を合わせるといった方式でした。配信による開催はコロナ禍で職場や学校等でも増える一方でオンラインの問題点も指摘されています。しかし、今年は一部のプログラムを以前のようにリアルで集う状況に戻したからこそ、オンライン配信の問題点を実感、経験できました。
 今年はコロナ禍前から使っていた神奈川県民センターのホールをメイン会場に、ハイブリッド方式で開催しました。岩室は以前と同じ2時間枠の7つのプログラムに登壇させてもらいました。開催方式は以下でした。

1.登壇者全員がホールに集合しface to faceで
2.登壇者の一部がオンライン参加(顔出し)
3.登壇者の一部がオンライン参加(顔出しなし)

 過去2年間と比べ、時間がたっぷりとれるため、face to faceで登壇してくださった方々とは「対話形式」で、話をいろんな方向に広げることができました。一方で、オンライン参加の方と顔なじみではない場合、残念ながら「対話形式」にはならず、「司会者がオンライン参加者に振ることで発言してもらう形式」にならざるを得ませんでした。特に顔を出せない方がおられたセッションでは振るタイミングがなかなかうまく取れませんでした。

●文化に、対話に学ぶ
 では対話だとなぜ話が広がるのでしょうか。斎藤環先生が示してくださった「ひきこもりと対話」は「対話」を理解する上ですごく大事な示唆を与えてくださっています。

 対話(dialogue)とは、面と向かって、声を出して、言葉を交わすこと。
 思春期問題の多くは「対話」の不足や欠如からこじれていく。
 議論、説得、正論、叱咤激励は「対話」ではなく「独り言」である。
 独り言(monologue)の積み重ねが、しばしば事態をこじらせる。
 外出させたい、仕事に就かせたい、といった「下心」は脇において、本人の言葉に耳を傾ける。
 基本姿勢は相手に対する肯定的な態度。
 肯定とは「そのままでいい」よりも、「あなたのことをもっと知りたい」
 対話の目的は「対話を続けること」。
 相手を変えること、何かを決めること、結論を出すことではない。

 これまで全国各地で開催されたAIDS文化フォーラムにはいろんなプログラムがありました。当然のことながら参加者がどのプログラムを選び、参加するかは参加者の判断に任されています。すなわち、AIDS文化フォーラム自体が一つの「文化」、「人の営み」でした。一方で意識したわけではないですが、横浜の運営委員会が主催するプログラムは一つのテーマについて「登壇者同士の対話」を提供していたのだと改めて気づかされました。
 第1回のフォーラムが開催された1994年の1月、パトと握手をした岩室紳也は感染不安のパニック状態になっていました。その私が、その後、HIV感染予防のためには当時の厚生省も日赤も認めていなかった輸血で感染するリスクを訴えたり、実際に自分の患者さんにHIV感染の経路となった刺青を見せてもらえたり、気が付けば薬物依存症の人のプライマリケアをさせていただいたり、ほとんど誰も言わない細かい新型コロナウイルスの感染経路対策に言及できているのも、実はAIDS文化フォーラムでの多くの人との対話に、対話だからこそ学べたのだと気づかされました。
 主義主張、思い、正解を伝えるプログラムやイベントも必要ですが、AIDS文化フォーラムは全体としていろんな人が集う「文化」であり、特に横浜ではこれからも「対話」を大事にしたいと改めて思いました。来年は第30回です。がんばります。

紳也特急 276号

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~今月のテーマ『議論がないから増えるコロナ』~

●『生徒、大学生の感想』
○『議論が怖い』
●『岩室先生もいずれ感染しますよ』
○『ワクチンの効果は』
●『第7波がなぜ「過去最多」』
○『議論、対話からの学び』
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●生徒、大学生の感想
 昔、同じように性についての話をしてくれる講演があったのですが、その時に受けたものはあまりにも一方的に子どものでき方や母の出産までがどのようなものかを語る会で、とても性に対してよいイメージが持てず嫌悪感を抱いていました。今日も前回のような生命の尊さを語られたら寝てしまおうと思っていました。しかしいろいろな角度や見方、経験談から話をしてくださったのでとても面白かったです。(高2女子)

 セクシャリティや性行為、体のことなどを大衆の前で、今日初めてあった方に打ち明けなればいけない空気感、それが正しいと言わんばかりの先生の圧がすこし私には息苦しく、もう少しだけ優しく慎重に話して頂ければなと思いました。(高2女子)

 「正解依存症」。この言葉に衝撃を受け自分自身を顧みたとき、正解依存症だと自覚した。男女差別反対、戦争反対、経済格差をなくせ、教育格差をなくせ、といった理想を語ることはできてもその具体的な方法の中身は薄い。正しいものは正しいと押し付けるのではなく、課題の根本原因に目を向け、リスク対策を行うことの重要性を感じた。(男子学生)

 率直に先生のお話を中学生もしくは高校生の時に聞きたかったと感じた。「正解依存症」という言葉は初めて聞いたのだが、今までの人生の中で思い浮かぶシチュエーションがたくさんあり、自分の中にとてもすんなり入ってきた言葉だった。というのも、私の中学校ではクラス全体が「正解依存症」になっていた様に思う。誰か一人、クラスのリーダーの様な子が導き出したいろんな事柄における正解を元に私を含め全体が集団行動をしていた。そんな私には物理的な居場所、例えばお昼を食べたり、移動教室を共にしたりする友人はいても、精神的な居場所はなかった。当時はその様に感じたことはなく話す人がいれば十分と思っていたが、今少し精神的に大人になってから考えると今の方が話す友達の数自体は少ないが、自分を必要としてくれる友達がいて居場所があると感じる。(女子学生)

 同じ話をしても受け止め方はいろいろです。それは当然のことですが、多様な意見、考え方を受け止められない社会になると、結局のところ誰かの、もしかしたら間違った考えに引っ張られてしまう可能性があります。そうならないためにも議論、対話が必要ですが「議論が怖いので多数決じゃダメですか?投票とくじ引き民主主義」というニュースに出会いました。ちょうどその頃から新型コロナウイルスの感染拡大が続き、毎日のように「過去最多」を更新しているので、今月のテーマをストレートに「議論がないから増えるコロナ」としました。

議論がないから増えるコロナ

○議論が怖い
 議論が怖いので多数決じゃダメですか?投票とくじ引き民主主義
 このニュースを読みながら思い出したのが「私は岩室先生と考え方が違います」とコロナ対策の議論打ち切られた時のことでした。相手は政府の専門家委員会の先生でした。その後も専門家の方々だけではなく、いろんな方とお会いするとご自分の意見にすごく自信を持っている方が多いと思っていました。しかし、もしかしたらこれは誤解で、自信があるのではなく、議論が怖いので議論を避けるためにいろんな工夫をされていたのかもしれません。
 マスコミも、専門家も、繰り返し「基本的な感染対策の徹底を」と言い続けていますが、これも「そもそも基本的な感染対策とは何かの共通理解が得られていないのではないでしょうか」と議論をしようとしても、その議論が怖くて、議論にならないからではないでしょうか。
記事の中で興味深い言葉がいくつもありました。

 たいした意見なんか持ってないし、“論破”されてもいやだし…議論ってやっぱり、怖いものですよね?

 今の日本社会でイメージされる“議論”は、確固たる意思や考えを持った人が意見を主張しあう場として見られがち

 「それって違くない?」って言われたら、自分自身を否定されたような気分になるので、それはできるだけ避けたい

 多数派の意見がどれかを見て、そこに自分の意見をあわせるだけになってしまっている

 大多数の意見が“正解”なんじゃないかなって思っちゃうんです

 ふと広辞苑で「正解」を調べてみました。
  1 正しい解釈。正しい解答。
  2 結果として、よい選択であること。
 この1と2は似て非なるものです。1はゆるぎないものですが、2は結果が出るまで分からないことですし、結果が悪ければ出てこないことです。

●岩室先生もいずれ感染しますよ
 このように言われた時に、自分自身の表現力の未熟さ、伝えることの難しさ、さらに言うと今回のテーマとしている議論の難しさを感じていました。私が感染経路対策について細かく、いろんなことを申し上げていますが、それらを全部徹底しても感染を100%防ぐことはできないという大前提に立っています。すなわち「岩室紳也は絶対に感染しません」と言っているのではありません。こういうと、「じゃ、やったって無駄」とまたゼロか百かに戻ってしまう人がいます。まさしく議論を避けているのです。
 先日、タクシーに乗り、当たり前のように後部座席の窓を開け、空気の流れを創りました。しかし、それでもマスクをし、マスクなしよりエアロゾルを多く排出している運転手さんのエアロゾルを吸い込んで感染するリスクはゼロにはできません。

〇ワクチンの効果は
 私は4回目のワクチンを3回目の接種の5ヵ月と6日後に受けています。そのため、私が感染しても無症状のまま経過する可能性があり、当然のことながら感染源になる可能性があります。他の人にうつさないよう、飛沫をかけそうな環境では不織布マスクをし、飛沫で感染させるリスクがない時はマスクを外して少しでもエアロゾルの排出を減らし、可能な時は携帯型扇風機を使用してエアロゾルを拡散、排気するようにしています。
 このように考えていた時に知り合いでコロナ患者さんを多く診療されている先生が感染されました。後学のため4回目のワクチン接種時期をお聞きしたら3回目から6カ月と6日で、症状が出たのは4回目接種から14日後。このようなデータを蓄積しつつ、ワクチンを接種するならいつがいいのかをこれからも検証し続けることが大事です。

●第7波がなぜ「過去最多」
 今回の第7波では47都道府県のすべてで「過去最多」を記録しています。このことはすごく重要です。確かに60歳未満の3回目のワクチン接種率は2回目より低いですが、国民が実践している予防策はそれほど変わっていません。ということはいま、国民が認識している、これまで実施してきた感染予防策では防げない感染経路対策ができていなかっただけではないでしょうか。
 ところがこう書くと、「自分自身を否定されたような気分になった」という人がいらっしゃるのではないでしょうか。実際、SNS上でそのような受け止められ方をされたことも一度や二度ではありませんし、先日もあるイベントの会場で空気の流れを検証する必要性を訴えたところ、「ここは法律に則った空調設備を備えています」と堂々と反論されてしまいました。ちなみに感染症対策を念頭に置いた空調に関する法律は知りませんので、ご存じの方がいらっしゃいましたら是非教えてください。

〇議論、対話からの学び
 新型コロナウイルスの感染拡大が起きてから、いろんな人との議論や対話の中で学ばせていただいたことの一部を列挙します。

 エアロゾルという概念

 マスクが増やすエアロゾル

 口腔内にもACE2レセプターが存在

 新型コロナウイルスも一定量が体内に入らないと感染は成立しない

 新型コロナウイルスが空気感染しない理由

 他にも新型コロナウイルスの出現後に学んだことは数多ありますが、知らなかったことが恥ではなく、少しずつでも自分の知識を修正しつつ、適切な情報提供を行い続けるのが公衆衛生医の役割だと改めて思っています。今年のAIDS文化フォーラム in 横浜でもさらなる学びをし続けたいと思っています。皆さんもぜひご参集ください。

第29回AIDS文化フォーラム in 横浜
2022年8月5日(金)~8月7日(日)
https://abf-yokohama.org/

NHK Eテレ「すくすく子育て」に出ます。
2022年8月4日(木)午前11:20~午前11:55

紳也特急 275号

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~今月のテーマ『ちぐはぐ』~

●『生徒、大学生の感想』
○『どのようなマスクを使っていますか』
●『マスクは何のため」
○『マスクの性能差』
●『これからのコロナとの向き合い方』
○『ちぐはぐの原因』
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●生徒、大学生の感想
 私の両親はともに医療従事者なので、彼らの言うことを鵜呑みにしてしまっていて、自分で想像することはあまりしてこなかったので、少し反省しました。(高2女子)

 今回の話を聞いて、日常への疑問を考えることは大切だなと思いました。自分の考えを思いかえしても、理由がわからずに当たり前のこととして常識のように考えてしまうことが数えきれないくらいあるので、日々の日常の中で、常に考えたいなと思いました(高2女子)

 今回の授業で今まで考えたことのないこともたくさん考えた。改めて、今の私は多くの人に支えられているから生きているのだと感じることが出来た。今回の講義は一生忘れることがないくらい深いものだった。多くのことを思い出させてくれてありがとうございました。(女子大学生)

 今回の講義は、医学の授業と言うより、人間が社会生活していく上で大切なことを教えていただいたように思える。たまには人に頼って、自分の肩の荷を下ろすことも社会生活の1部であると、そう岩室先生に教わった講義であった。(男子大学生)

 岩室先生の講義に魅力がある理由は、正解を教える従来の教育とは異なり、正解とされることへの矛盾点を疑問として投げかけ、物事の捉え方のみを講義で取り扱い、それぞれに答えを見出してもらう、哲学と似た手法を用いている点にあると考えた。(男子大学生)

 高校生や大学生が求めていることは「正解」ではなく、考えるための材料であったり、きっかけであったりだと改めて思いました。一方で再び新型コロナウイルス感染症が増えていますが、4回目のワクチンの対象が限定されています。6月で既に40℃越えになっていますが、未だに屋外でマスクを着けている人が大半です。そこで今月のテーマを「ちぐはぐ」としました。

ちぐはぐ

○どのようなマスクを使っていますか
 皆さんはどのようなタイプの、価格はどれぐらいのマスクを使っていますか。講演で生徒さんや先生方のマスクを拝見すると、材質では不織布、布、ポリウレタンといろんなのが使われています。マスク市場はまだ魅力的なようで、最近大々的にコマーシャルが打たれている多機能マスクは新型コロナウイルスのサイズ(0.1?)をも捕らえつつ、通気性も確保しているとうたっています。価格は1枚150円~200円。確かに息を吸う時は他の不織布マスクより吸いやすいとは思いましたが、理論的に言ってもこの対価を支払う意味はないと思っています。しかし、ネット販売では品薄状態のようでした。私は診療や講演、会議の時は1枚30円程度の個別包装の不織布マスクを、それ以外の屋内ではポリウレタンマスクを使い、屋外はノーマスクとしています。

●マスクは何のため?
 ぜひ周囲の方にこの質問をしてみてください。多くの方は「感染予防のため」と答えると思います。では、「何感染を予防するため?」と聞くと、「新型コロナウイルス感染を予防するため」となるので、「どのような感染経路を予防するため?」と聞くと「???」となります。マスクの目的別の効果を以下に示します。

 自分の飛沫飛散予防        ○
 他人の飛沫吸入予防        △
 自分のエアロゾル飛散予防     ×
 他人のエアロゾル吸入予防     ×
 自分の飛沫核(ウイルス)飛散予防 ×
 他人の飛沫核(ウイルス)吸入予防 ×

 このことを理解している人はどれだけいるのでしょうか。

○マスクの性能差
 布マスクはメーカーによる性能差がありますのでここではコメントしませんが、不織布マスクとポリウレタンマスクは正確に理解したいものです。
不織布マスクは装着者の飛沫を前方に飛ばさない効果があります。しかし、ポリウレタンマスクは飛沫を通します。すなわち自分の飛沫を前方に飛ばしたくないなら不織布マスクが必須です。一方で「他人の飛沫を吸い込まないため」と思っている方もいるでしょうが、確かに口を開けた状態で他人の飛沫が口の中に飛び込むのは防げますが、不織布マスクであってもマスクの表面に着いた飛沫の水分が乾燥すれば、ウイルスをマスク越しに吸い込むことになります。さらに飛沫は目にも飛び込み、そこから感染しますので目も覆う必要があります。
 一方でオミクロン株の感染拡大の原因となったエアロゾルは不織布マスクを使っていても、マスクと顔の隙間から漏れ出します。富岳でわかりやすい映像がつくられていますが、再生回数は原稿執筆時点でたったの1,474回です。
https://www.r-ccs.riken.jp/en/fugaku/research/covid-19/msg-jp/
https://youtu.be/DBUK-IYTUn8
 すなわち、マスクはエアロゾルの排出を抑制する効果は少なく、マスクをすることで口や肺の温度が上がり、かえってエアロゾルの排出を増やします。他人が排出したエアロゾルはそのまま、もしくは水分が蒸発して飛沫核(ウイルスそのもの)となって漂い、高性能な不織布マスクをしていてもマスクと顔の隙間から吸い込みます。ちなみに医療者が装着するN95というマスクは顔とマスクの間の隙間を完全に閉じるため、私などは20分以上装着できません。

●これからのコロナとの向き合い方
 今後の医学の進歩に期待しつつ、現段階での国の新型コロナウイルス対策の方向性が見えてきました。

 ワクチンで感染抑制はしない
 ワクチンで重症化予防
 感染者数は気にしない
 感染予防は自己責任で

 ある集団のワクチン接種完了率が80%を超えると、ワクチンの有効期間内はその集団での感染拡大が抑制されます。しかし、若い世代はワクチンの4回目の接種対象から外されましたので、ワクチンでの感染抑制はしない方向になりました。一方で高齢者ではワクチンで重症化予防をしますが、ブレイクスルー感染もあり、80歳以上だと、感染した人の50人に1人は亡くなっていますので感染予防は重要です。以前は早期発見、早期隔離の対策をしていましたが、空港検疫での検査対象を制限した結果、感染判明者数が約10分の1になったことからも、無症状の感染を捕捉することに重きを置かなくなりました。そして、感染予防は自己責任でとなります。

○ちぐはぐの原因
 新型コロナウイルスの感染拡大が始まった頃から、というかすべての問題への岩室紳也の向き合い方は学生さんが指摘してくださったとおりでした。

 正解を教える従来の教育とは異なり、正解とされることへの矛盾点を疑問として投げかけ、物事の捉え方のみを講義で取り扱い、それぞれに答えを見出してもらう。

 「ウイルスは、どこから、どこへ、どうやって」と言い続けていますが、それは答えが決して一つではなく、一人ひとりが関心を持ったり、実践できたりすることは異なるためです。しかし、そのような認識がなく、「とにかくマスク」という正解を教え続けると、現在の状況のように、猛暑、屋外でマスクが外せない人が後を絶たないちぐはぐな状況になります。しかし、正解依存症の人たちは自分たちの行動に疑問を持たないばかりか、マスクを外して涼しい顔をしている私に冷たい視線を浴びせます(苦笑)。
 ぜひこの機会にマスクについて再考していただければと思います。そして無事にこの猛暑を乗り切りましょう。

紳也特急 274号

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~今月のテーマ『安心、安全の追及が生む偏見、差別』~
●『生徒の感想』
○『サル痘の報道に学ぶ』
●『スティグマ(偏見、差別)は安心、安全を追求した結果?』
○『感染症対策の難しさ』
●『サル痘とは?』
○『曖昧が生む「考えられない文化」』
●『普及啓発の基本は対話』
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●生徒の感想
 生理の時ではなく、生理の14日前が排卵日だということを初めて知って、まだ全然体のことを知らないんだなと思いました。(高1女子)

 母親や姉にも「男性の前で生理の話とかするな」と教えられていたが、それじゃ理解されないじゃん、とも思っていたので、今回、いろんな人が知ってくれて、理解してもらえたならうれしい。性教育はデリケートな話だが、男も女もお互いのことを知っておいた方が理解し敢えて良い関係が築けそうなので大切だと思った。(高2女子)

 日本人は性に対して興味があるのに興味がないふりをしたりするところが嫌だなあと思っていたので、ちゃんとした性教育をしてもらって清々しかった。(高2男子)

 自分は性的なワードがなぜか苦手なのですが、岩室先生の講演中は不思議と自然に聞くことができました。そのおかげでゲイなどの大変さが少し理解できました。しかし、講演会が終わったとたん、苦手意識が戻ってきました。克服は少し難しそうです。(中3男子)

 性的なワードが苦手だけど、講演中は不思議と自然に聞くことができたものの、講演が終わったとたん、苦手意識が戻った。確かに苦手意識を一朝一夕で克服できるはずもありません。しかし、この苦手意識が報道を、対策をゆがめていることも事実です。今回、私も知らなかったサル痘の報道が教えてくれました。そこで今月のテーマを「安心、安全の追及が生む偏見、差別」としました。

安心、安全の追及が生む偏見、差別

○サル痘の報道に学ぶ
 サル痘「国内での感染確認されず 天然痘ワクチン備蓄」厚労相
 サル痘に有効とされる天然痘ワクチン 日本も備蓄、活用方法を検討
 奇病ウイルス「サル痘」が世界12カ国へ謎の感染拡大…“夏のワンナイトラブ”にご用心!
 「サル痘、欧州のレイヴでの性行為で拡散した可能性」専門家が指摘
 サル痘の流行は「ウクライナ支援国」のゲイばかりと、ロシア国営TVで嘲笑
 スペイン帰りの男性が感染、アルゼンチンでも「サル痘」…中南米では初の事例か

 サル痘に関する報道に接した皆さんは、一人ひとりが自分のために、他の人のため、患者となった方のためにできることは何かを考えたでしょうか。

 新しい感染症があるんだ。
 サルからうつるのかな?
 日本にはまだ入ってきていないし、とりあえず他人ごと?
 やっぱりゲイの中で流行!

 サル痘の報道に接し、HIV/AIDSや新型コロナウイルスの時と同じく、国民一人ひとりが必要としている情報が伝えられないと残念な気持ちになってしまいました。

●スティグマ(偏見、差別)は安心、安全を追求した結果?
 今の時点でサル痘の対策として確実なことはワクチンが存在することです。マスコミは国民を安心させるため「ワクチンあります!!!」や「ゲイの病気」というイメージ報道をしたのではないでしょうか。
 新型コロナウイルスの初期の頃、「ホストクラブ」「接待を伴う飲食店」「お酒を提供するお店」等を袋叩きにし、そのようなところに行かなければ大丈夫だと国民に誤解をさせ、「夜の街」へのスティグマ(偏見、差別)が助長されたことは記憶に新しいところです。でも、報道する側も、対策を行っている専門家や行政も、自分たちの発言がスティグマ(偏見、差別)の助長につながるとは思わず、大多数の人の安心、安全に寄与していると考えているからこそ、今回もマイノリティーの人たちのことをやり玉にあげるという、同じ過ちを繰り返したのだと思いました。

○感染症対策の難しさ
 感染症対策の難しさは、病原体が見えないことだけではなく、他人ごと意識が根深く浸透していることです。HIV/AIDSや性感染症の講演を何千回も行ってきましたが、伝わりにくさ、他人ごと意識の克服に少しは自分ごと意識になっている新型コロナウイルスの話を組み合わせることでより身近な問題と考えてくれるようになります。一方で、聞いている時は自分ごとでも、聞き終わるとその意識が元の世界に引き戻されるのは生徒さんの感想にある通りだと思います。しかし、あきらめることなく、感染症対策を伝え続けるしかありません。

●サル痘とは?
 医師である岩室紳也にとっても「サル痘」は初めて聞く感染症でした。しかし、HIV/AIDSに関わってきた経験から、サル痘を正確に理解するため、中学校の教科書に書かれている感染症を予防するための3原則、「①感染源をなくす」、「②感染経路を断つ」、「③体の抵抗力を高める」に沿って情報を整理するため、国立感染症研究所CDCのHPから情報を収集しました。

★サル痘ウイルス(感染源)はどこに
 自然界ではげっ歯類(ビーバー,リス,ハツカネズミ,ヤマアラシ等)が宿主。しかしウイルスを持っている可能性がある宿主や感染した人をすべて排除することはできません。

★サル痘の感染経路
 感染動物や感染者の血液・体液(飛沫、エアロゾルも?)・皮膚病変(発疹部位)と感染する人の皮膚(傷が明らかではない場合も侵入経路になり得る)、呼吸器、粘膜との接触。
 →動物に咬まれる(唾液が侵入)
 →濃厚接触者(国立感染症研究所の表現)から感染??????
 →体液や飛沫で感染するので、キスやあらゆる性行為はもちろんのこと、病変がある皮膚に触れる抱擁等の接触で感染
 →リネン類を介した医療従事者の感染報告あり

★サル痘の症状
 潜伏期間は5~21日(通常7~14日)。
 発熱、頭痛、リンパ節腫脹、筋肉痛などが1~5日続いた後に発疹が出現。

★ワクチンの対象者
 サル痘ウイルス曝露後4日以内に痘そうワクチンを接種すると感染予防効果が、曝露後4-14日で接種した場合は重症化予防効果があるが、潜伏期間を考慮すると発症者の治療ではなく、医療関係者や実際にその患者さんと感染リスクが高い行為をした人の予防法、治療法である。

★早期発見、早期診断の重要性
 サル痘患者の診断が明らかになった時点で、対応した、対応するすべての医療関係者にワクチンを接種することが必要です。そのため、何より早期発見、早期診断が重要となります。

○曖昧が生む「考えられない文化」
 サル痘の感染予防の基本は新型コロナウイルス対策として行ってきた飛沫、エアロゾル、接触(媒介物)感染対策に加え、HIV/AIDS対策で求められているコンドーム等による精液、膣分泌液等の体液の交換を予防するだけではなく、梅毒対策のように皮膚と皮膚の接触を避ける必要があります。しかし、サル痘に関する国立感染症研究所のHPには「濃厚接触者」といった曖昧な表現しか書かれていません(2022年5月29日時点)。
 これが日本の文化なので仕方がないと思いますが、2020年8月13日に岩室紳也がワイドショーで「新型コロナウイルスはキスで感染する」と発言するとスタジオが凍ってしまい、二度とその番組に呼ばれなくなりました。このような現状を考えると、ここに示した、サル痘対策として伝えなければならない特に性行為に関連する感染経路について、当分日本国民には伝えられないのではと考えています。
 曖昧な伝え方が得意な日本ですが、新型コロナウイルス対策で国やマスコミが行ってきた「3密を避ける」といった曖昧な、抽象的な啓発の結果、教育レベルが高いはずの日本人が、未だに飛沫は何メートル飛ぶかを知らず、国が屋外でマスクを外してもいいという条件を示してもマスクを外せない人が多いのが現状です。

●普及啓発の基本は対話
 サル痘は公衆衛生関係者のみならず、日本人に改めて感染症の普及啓発の基本とは何かを問いかけています。
感染症の普及啓発の基本は、小学生でも理解できる、科学的な視点での情報発信に加え、情報の受け手が正確に、自分ごととして理解し、実践できているか否かを、対話を通して、繰り返し確認し続けることです。対話を重ねていると、自ずと「この人はなぜこう考えるのか」や「自分の考え方に問題がありそうだ」と気づけます。しかし、対話ではなく、一方通行の押し付けばかりだと、結局のところ一人ひとりが考えることを放棄するようになります。
 いまこそ、感染症の啓発だけではなく、対話の必要性を含め、一人ひとりが上手に感染症と共に生きられるよう、「できる人が、できることを、できる時に、できるように」、自分の役割を考え続けたいと思います。

紳也特急 273号

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■■■■■■■■■■■  紳也特急 vol,273  ■■■■■■■■■■
全国で年間200回以上の講演、HIV/AIDSや泌尿器科の診療、HPからの相談を精力的に行う岩室紳也医師の思いを込めたメールニュース! 性やエイズ教育にとどまらない社会が直面する課題を専門家の立場から鋭く解説。
Shinya Express (毎月1日発行)
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~今月のテーマ『専門家とは』~
●『生徒の感想』
○『特定の分野に精通』
●『考えることを放棄していないか』
○『考えた結果の感染経路』
●『反省はするけど後悔はしない』
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●生徒の感想
 私は実際にコロナウイルスに感染しましたが、先生の話を聞いて自分の生活を振り返ってみると、まだまだ足りないことが多くありました。これくらいならというあいまいな考えはせずに、しっかりと言い切ることが大事だと思いました。(高2女子)

 私はコロナにならないように、マスクや手洗い、うがいなどを何となくみんなが行っているからという理由でやっていたけれど、きちんと理由を理解して行うと、マスクをつけなくてもよい場合があるということを教えていただきました。何となく行動するのではなく、理解して、理由を知った上で行動するようにしたいと思いました。(高2女子)

 岩室先生の講演を聞いて、固定観念にとらわれていたと思いました。自分のコロナ対策を振り返ると、皆がしてるから、言われたからといって、何故するのかと深く考えずにしていました。みんながしているからと流されるのではなく、一人ひとりがどんな感染経路なのかを知った上で対策することが感染リスクを減らす大切な方法だと思いました。(高1女子)

 コロナウイルスについては、三密がよくない、部活を制限する、緊急事態宣言を出すなどと言った実際に行われる施策しか知らなくて、なぜそれが必要なのか、具体的にいつ感染してしまうのかについて、自分が理解したつもりになっていたことに気づけた。これからの日常生活では、先生がおっしゃっていたように、どこから感染するのか、どのように感染するのか、などをよく考えて、コロナウイルスに感染しないために最大限自分ができる取り組みをしたい。(高2女子)

 TVなどのメディアでたくさんコロナについて取り上げられているけれど、今回のようなためになる話が全然されていないので、正しくてすぐに役立てられる情報がもっと発信されるといいと思う。コロナは、目、鼻、口から入るので、今後それに気を付けて生活したい。(高2男子)

 コロナもエイズもその他のウイルスも少し考えれば何をしたらうつるのかすぐわかるのに、そういう当たり前のことを今まで考えたことないなと思った。みんなわかっているはずなのに当たり前すぎてみんなその行動で感染するかもしれないということに気づいていないのだと思う。テレビなどのメディアも密を避けようということばかりで、おにぎりや飲み物、タバコなどを触る時に気を付けるべきことについてなどの報道はほとんど見たことがない。今回の話を聞いてそれに気づけたので良かった。(高2男子)

 相変わらず専門家の方々の言動に振り回されている新型コロナウイルス対策ですが、専門家に振り回されているのは新型コロナウイルス対策だけではないということを再確認させてくれたのがNHKのクローズアップ現代「妻は夫に“殺された”のか 追跡・講談社元社員“事件と裁判”」という番組でした。番組自体もよくぞここまで踏み込んだと思わせる内容でしたが、番組の中での千葉大学法医学教室の岩瀬博太郎教授のコメントが衝撃的でした。

 専門家という名前がついている人が自信ありげに言うと、それが通っちゃうというのは多々経験していますね。

 思わずうなずいていました。そこで今月のテーマをずばり「専門家とは」としました。

専門家とは

○特定の分野とは
 2019年7月の紳也特急239号は「専門とは?」というタイトルで「専門家と称する人たちは決してその一つの課題に関係するすべての分野での専門家ではありません」と書かせてもらっていました。
 2021年6月の紳也特急262号の「専門家って何?」の章で「専門家」を「単に資格を持った人であったということではないでしょうか」とさらっと流していました。これは新型コロナウイルスのようにまだ知見も蓄積されていないことについて「専門家」を名乗れる人はいないという思いからでした。
 広辞苑で検索すると「ある学問分野や事柄などを専門に研究・担当し、それに精通している人」とあります。裏を返すと、専門家と名乗っている人は、ある特定の分野や事柄などについて、専門に研究・担当し、それに精通しているか否かを確認する必要があります。では、特定の分野とは何を指すのでしょうか。
 高校生たちが岩室の話を聞き、自分たちの日常の生活習慣の中に新型コロナウイルスの感染予防対策が十分入り込んでいないことに気づいてくれました。ということは、少なくとも彼らがそれまで耳にしてきた感染予防対策は、「日常の生活習慣の中で求められている新型コロナウイルス感染予防対策」という特定の分野について精通している人から情報を得ていなかった。すなわち、情報を発信していた人たちは「日常の生活習慣の中で求められている新型コロナウイルス感染予防対策」の専門家ではなかったということになります。

●考えることを放棄していないか
 先に紹介した千葉大学法医学教室の岩瀬博太郎教授のコメント「専門家という名前がついている人が自信ありげに言うと、それが通っちゃうというのは多々経験していますね」というのを聞き、ある高校生の感想文を思い出しました。

 高校生(しかも女子)をやっている今、性について真面目に考える機会などはほぼないですし、あまり気軽にぺらぺら話したりすることは、難しいです。
 自分で色々考えたくても、材料となる情報は氾濫していて、何を思考の軸におけばよいのかわからず、自分のなかに浮かんだ疑問・問題はいままでほったらかしのままでした。
 これからは色々なことについて、考えることを放棄せずに生きていけたら、と思います。

 確かにいろんな情報をつなぎ合わせ、そこから自分に役に立つものを抽出して生活の中に活かしていくというのは言うは易し、行うは難しです。だから専門家の人たちに方向性を委ねたいと思うのはわかりますが、それは裏を返すと考えることを自ら放棄していることと言えます。マスコミも、国民が必要としている情報はどの特定の分野に精通している人の情報かを吟味して発信する必要があるのではないでしょうか。

○考えた結果の感染経路
 新型コロナウイルスがどのような感染経路で広がるか、正直なところ初期の頃から専門家と称する方々が自説を繰り返していました。いやいや、論文を、国立感染症研究所やWHO、CDCが言っていることを踏まえた話との反論も多々受けてきました。しかし、先日やっと国立感染症研究所がエアロゾル感染を認め、WHOなどが未だにアフリカでHIV感染予防のために割礼を推奨しているように、日本人にとって最良の感染症予防対策が何かについてはまだまだ検証しなければならないことが多々あります。だからこそ岩室紳也はいろんな情報を突き合わせながら自ら考え、発信する作業を繰り返してきました。
 最近でこそ感染拡大についての事例的な情報が少なくなりましたが、感染拡大の初期の頃、飲食店で感染が広がったという記事の中に、飛沫感染やエアロゾル感染では説明がつかず、接触(媒介物)感染が強く疑われる事例がありました。ところが飛沫が付着した料理を食べて感染する接触(媒介物)感染について話をしても、喉や肺で感染するが口の中に入っても感染しないと言い切る専門家が後を絶ちませんでした。その時点で私も口腔内に新型コロナウイルス感染の入り口になるACE2レセプターが発現しているという論文を探すことができていませんでした。しかし、口腔内組織にACE2レセプターが発現していると書かれている論文が次々と世に送り出されました。次のは神奈川歯科大学の研究者のものです。
http://www.kdu.ac.jp/corporation/news/topics/20210415_pressrelease.html
https://www.mdpi.com/1422-0067/21/17/6000
 上記以外にもいくつもの論文があり、これらのことを承知されている口腔外科、歯科医の先生方は、飛沫が付着した料理で感染するリスクは当然のこととして納得してくれました。さらにキスでの感染予防のためにキスの前後に何かを飲んでウイルスを胃に流すことでrisk reductionになることについても「完全に同意します」と言ってくれました。
 ここで大事なことは、口腔内で感染が起こるメカニズムを研究し証明した先生たちは、必ずしも口腔内感染予防、接触(媒介物)感染予防の専門家ではないということです。だからこそ、岩室はこのような情報を収集し、いろんな人と意見交換をする中で、科学的に理屈が通った情報を「日常の生活習慣の中で求められている新型コロナウイルス感染予防対策」の専門家として高校生に話をさせていただきました。

●反省はするけど後悔はしない
 私のHIV/AIDS活動の同志だったパト。日本語ペラペラのゲイでHIVに感染していたパトとの出会いはその後の私のHIV/AIDS活動の方向性を揺るぎのないものにしてくれました。出会ってすぐの頃、まだHIVを抑える治療薬もない死の病だったHIV感染症にかかっていたパトと次のような会話をしていました。

岩室:HIVに感染した時のセックスのことを後悔していないの?
パト:何で後悔するの?
岩室:パトのコンドームの着け方は完璧だけど、相手の人が感染していることを知っていたのだからセックスをしなければ感染しなかったじゃない。
パト:結果的にコンドームが破れて感染したけど、この人とコンドームを着けてセックスをすると自分で決めたんだから後悔なんてするわけないでしょ。もちろん反省点はあるかもしれないけど。

 反省はするけど後悔はしない。ちゃんと予防についても事前にしっかりと学習し、そのriskも承知していたからこそ言える言葉です。感染症予防に完璧はありません。若くても新型コロナウイルスで亡くなる方もいます。だからこそ、これからもいろんな人が後悔しないための情報発信をし続けたいと思っています。岩室紳也が後悔しないためにも。